いつでも傍で
「フォボス!ディモス!」
そう現世で最初に話しかけられたのは彼女がまだセーラーマーズとして覚醒する全然前の、幼い頃の事。
カラスがいる事がとても珍しいのか、即座に反応を示したかと思えば私達を見て、さも当たり前のようにそう呼んで駆け寄ってきてくれた。
「この子達はね、フォボスとディモスって名前なの!今、ピンときたの。そう決まってるのよ」
不思議がる祖父に平然とそう言ってのける幼女姿のプリンセスは前世の時と変わらず感が鋭く、神経が研ぎ澄まされているようだった。
そしてその行動は私達をとても安堵させてくれた。
彼女が私達の名前を当ててくれた様に、私達もまた彼女がセーラーマーズの生まれ変わりなのだと、彼女を見た瞬間ピンと来たから。
その容姿は戦士のスーツを纏っていなくとも彼女に仕えたあの日の姿と瓜二つ。
幼いながらも高貴な顔立ち、立ち居振る舞い、全てにおいて前世で初めて会ったあの日の姿そのもの。
月の王国が滅び、クイーンの銀水晶の力によりプリンセスや戦士たちを戦いの無い同じ地球(ほし)へと転生を約束されたあの日、ルナやアルテミスと同様に私達もカラスの姿でコールドスリープし、この時代に目覚めた。
そして導かれるように火川神社へとやって来て彼女を待ち続けた。
そしてやっと巡り会えたのは火野レイとしてここ火川神社に小学校へ上がる前に火野宮司の孫娘としてやって来た時だった。
セーラースーツの様に赤ではなく、白のワンピースをきていたけれど私達にはすぐにその人だとピンと来た。
ずっと待ち続けていたから、報われた気持ちだった。
彼女も私達の名前を言い当ててくれた。
だけど何億年ぶりに会った彼女はセーラー戦士であったこと、そして私達の事をすっかり忘れてしまっているようだった。
それはいい事であると同時に、記憶のある私達からするととても悲しく寂しい事でもあった。
記憶がない事、それは普通の女性として幸せに暮らせるという事。
このままずっと普通の女性として暮らして行けるよう私達はただカラスの姿で見守り続ける、それが私達の使命だ。
そしてもしセーラー戦士として目覚めた暁には彼女が迷わないよう強く戦って行けるよう導くのが私達の役目。
そんな日が来て欲しい様な、欲しくないようなーー。
だけどまたセーラーマーズとお喋り出来る、そんな日が来たら…なんて思ったりもしたりして。
しかし私達の名前を言い当てたように、第六感が働きやはり普通の女の子ではなく、セーラー戦士として生きてきた前世を象徴するかのように特殊な力を持って生まれてきたようだった。
そしてその力は時として彼女を苦しめ追い詰めた。
“霊感少女”と言われ、忌み嫌われ、肩身が狭く嫌な思いも沢山していたようだった。
そんな彼女を私達はカラスの姿で見守っていた。見守るしか無かった。
病める時も健やかなる時も、悩んでいる時も嬉しい時も、どんな時も彼女の傍で支え、心に寄り添い、癒し続ける。それが私達の使命。私達にはそれしか出来ないのだからーー。
***
そんな日々が数年続いたある日、転機が訪れる。
中学2年になって間もなくのこと、ここ火川神社にお団子頭のツインテールの少女がやって来た。髪の色こそ違っていたけれど、プリンセス・セレニティその人の生まれ変わりの少女だと確信した。
とうとう運命の日が近づいてきたのだと感じた私達は彼女を襲い、威嚇した。
神の掟に背き、地球国の王子エンディミオンと恋に落ち、全てを滅ぼした諸悪の根源の1人、プリンセス・セレニティ。
きっとまた彼女が災いをもたらす。
そして平穏な日々を送っていた彼女を戦士として目覚めさせ、またプリンセスを守る前世と似たような日々が始まるのかと。
その場に居たルナもまた前世の記憶ーー私達やプリンセス、マーズの事を忘れてしまっているみたいだった。腑に落ちない。
とは言えプリンセスもルナもとても懐かしい。月の王国が滅んでさえいなければあの日々はとても幸せで満たされていたから。
そしてそれから数日後、彼女はセーラーマーズとして目覚めた。
「フォボス!ディモス!」
呼ばれて彼女の前に行くとセーラーマーズの姿の前世と同じその姿で戦う彼女がそこにいて、立派にジェダイトに立ち向かう彼女の最初の戦いを見守った。
この時の彼女は前世のセーラーマーズその人を思い起こさせる凛とした姿だった。とても誇らしく思った。
そしてやはりセーラーマーズとしての人生が始まるのかと、前世と同じ様な人生を送る事になるのかと平穏な日常の終わりに寂しさが溢れた。
同時にこうなる運命である事を幼い彼女と初めて会ったその時からどこかで予感していた。そしてどこかホッとしていた。
まだ前世の記憶は戻ってはいないようだったけれど、特殊能力を持って産まれてきたことを腑に落ちたようだった。
驚いたのはプリンセスの生まれ変わりであるはずのその人も戦士をしていた事ーーー一体何故?
セーラージュピターやヴィーナスとかつての仲間が日々の戦いの中で集結した。
セーラーヴィーナスはプリンセスのダミーとして合流して来た。
なるほど、ルナの記憶が一部封印されている事、プリンセスの生まれ変わりの月野うさぎさんの髪の色が金髪である事、そしてセーラー戦士として目覚めた事、複雑な事情がありそう。
そしてそれから間もなくして“幻の銀水晶”が出現し、プリンセスの封印がとかれ、全員の記憶の一部が戻って来た。
しかし、まだまだ分からない事があると原点である月へと行く事になった。
出発の日の夜、私達も彼女達を見送る為に着いて行った。
そして戻って来た彼女達を出迎えると過去を知り、これからの戦いに向けて色々作戦会議を練るようだった。
敵は前世で月の王国が滅びるきっかけだった者達で、過去の因縁を断ち切る為、そして今度こそ幸せな未来を送る為の戦い。
見事打ち破り帰ってきたセーラーマーズはスッキリした顔をしていた。
私達は戦場には行かなかったし、あまり多くは語らないけどきっと最終決戦はとても大変だったろう事が雰囲気で察知出来た。
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