第三章 恋慕
まもちゃんがアメリカに行って数日。寂しいながらも私は、何とか普通の日常を過ごしていた。
幸い仲間にも恵まれていて、美奈Pとまこちゃんは、“良い男ウォッチング”をしていて彼氏を作るんだと意気込んでいる。
はるかさんとみちるさんは、せつなさんやほたるちゃんの毎日を聞かせに必ず一日1回は私のクラスに顔を出してくれる。
亜美ちゃんは、まもちゃんがいない今こそ学生の本分である“勉強”に打ち込む時だと力説して来る。
「クイーンになるにしろ、ならないにしろ勉強は大切よ、うさぎちゃん!」
心配してくれているのは有難いけど、やっぱり勉強は苦手。何か見返りや報酬があれば頑張れるかもしれないんだけど……
「勉強は未来の自分を裏切らないわよ!進学するかどうかは別にしてもやっといて損は無いわ!」
小さい頃からの親友ーーーなるちゃんですらそう言って勉強を勧めてくる。
「留学してより一層素敵になった衛さんの隣で堂々と肩を並べられる様に、そろそろ本腰入れて自分磨きしなさい!」
唯一別の学校に通っているレイちゃんにすら勉強をする意味を提言される。
そんなに勉強って大切なの?
確かに、クイーンになるならバカじゃいられないと思う。留学中のまもちゃんの事を思うとバカな彼女は嫌だろうけど。
まもちゃんと会えなくて寂しくて、正直勉強なんて今は手が付かないってのが本音だ。
「衛さんは留学。うさぎは留年ね」
家に帰れば、弟の進悟が全然勉強をしない私に面白くないダジャレで嫌味を言ってくる始末。
「俺は衛さんが可哀想だね。彼女がバカなんて」
「進悟!アンタって子は、弟の癖にぃ~」
「何だよ。悔しかったらいい点取ってみろよ!」
そう言ってこの前の中間テストで返ってきた答案用紙を出すと、“100点”の文字が……
中二になっても相変わらず頭がいい。サッカー部に入って頑張りながら、勉強もしていて頭が上がらない。
私はこの頃には既にプリンセスとして記憶を取り戻していて、まもちゃんの無事を祈っていた。何がどう違ってるんだろう?進悟も戦士してみれば良いのに。なんて馬鹿な事を思ったりしてしまった。
「うさぎ……」
意外だったのがルナ!一番ガミガミ言ってきそうなのに、言ってこない。それどころか優しく寄り添ってくれている。
人は、素敵な恋をすると優しくなると言うけれど、猫もそうみたい。あの日を境にルナは、人がーーーいや、猫が変わった様に女神の様に優しい。
あ!レイちゃん、亜美ちゃん、なるちゃんが素敵な恋をしていないなんて言ってないよ?
そんな折り、意外な人物が我が家を訪ねて来た。
「うさぎお姉ちゃん、お久しぶりです」
「久しぶりね、ほたるちゃん」
そう、ほたるちゃんだ。
ちびうさがいた頃は毎日くらい来ていたのに、未来に帰ってからはめっきり来なくなったほたるちゃん。
用事なんて特に無いはずなのに、どうしたんだろう?思い当たる節が無くて頭を抱える。
「さ、上がって!」
「お邪魔します」
勝手知ったる月野家を慣れたようにリビングへと進むほたるちゃん。
ちびうさがいた頃と同じ、定位置にちょこんと座るほたるちゃんを横目で確認して私は思わず微笑んだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、うさぎお姉ちゃん」
ローズヒップティーを出しておもてなしすると、ほたるちゃんは礼を言いながらティーカップを口に運ぶ。
「うん、美味しい♪」
「みちるさんが入れるのには負けちゃうかもだけど」
「そんなことないよ!みちるママのも確かに美味しいけど、うさぎお姉ちゃんのは優しい味がする」
「ありがとう」
お世辞でも嬉しかった。
「うさぎお姉ちゃん、衛お兄ちゃんいなくて寂しい?」
「うん、寂しい……」
「あたしも、ちびうさちゃんがいなくなって……寂しい」
それを聞いて私はハッとした。
そうだ。そうだった。忘れていた訳じゃないけれど、ちびうさが未来に帰って一番仲が良かったほたるちゃん、寂しくないわけないよね。
「ほたるちゃん……」
恐らく、今の私を一番理解してくれるのはほたるちゃんだ。瞬時にそう言う考えに至った。
「でも、大丈夫だよ!うさぎお姉ちゃんには、大切に思ってくれる家族や仲間、友達がいるから」
“時間が解決してくれる”
そんな在り来りな言葉じゃない。私たちならではの言葉で、勇気付けでくれるほたるちゃん。
まだ10歳にも満たない小さな子供なのに、何だか大人に見える。逞しく見えた。
「ありがとう、ほたるちゃん」
慰めに、寄り添いに来てくれたと悟り、心が暖かくなった。
「きっとちびうさちゃんも、未来で立派なプリンセスになる為にお勉強頑張ってると思うんだ。だから私も、負けないように、また会った時に胸を張れる様に将来の夢の為に頑張ろうって決めたんだ」
「うっ」
今の私には耳が痛い言葉のオンパレード。
まだ小学生のはずのほたるちゃん。既に将来の夢に向かって頑張っている。
私よりずっと大人だ。
「ほたるちゃんの将来の夢、聞いてもいい?」
「立派な看護師さんよ」
「看護師!やっぱり、養護教諭をしているせつなさんの影響?」
「ううん、せつなママは関係ないよ?私の生い立ち……かな?」
「そっか。素敵な看護師さんに、ほたるちゃんならきっとなれるよ」
「ありがとう」
ほたるちゃんは笑顔で看護師を目指す理由を言っているけど、私の気持ちは沈んでいた。
“生い立ち”と簡単に言うけれど、それは壮絶で……。体が弱いだけじゃなくて、サイボーグ化されたり。自分の体に異星人が住んでいたり。
自分の様な人を助けたい。それは、自然な想いなんだろうな。
まもちゃんだって事故にあって、両親を亡くして。その時に支えてくれたお医者さんをを目指している。
そんなまもちゃんと、ほたるちゃんは共通点が多い。生い立ちもそうだけど、癒しの力も持っている。髪の毛は黒。イメージカラーは紫色。目指すのは医療従事者。頭もいい。どこか儚く寂しそうな瞳。
目の前で無邪気にローズヒップティーを飲んでいるほたるちゃんの姿がまもちゃんと重なる。重なって見える。
「それじゃあね!うさぎお姉ちゃん」
「うん。またいつでも来てね、ほたるちゃん」
私が元気になった事を確認したほたるちゃんは、ホッとしてる月野家を後にした。
まもちゃんと共通点が多いほたるちゃん。今は大切な人に置いていかれたもの同士。
そんなほたるちゃんに励まされ、私は前向きに待つヒントを貰った気がした。