第一章 惜別


俺はうさに見送られ、搭乗ゲートを入って行った。
留学は医師を目指し始めた時からの俺の夢だった。
それが再び叶う。それは嬉しい事だった。
けれど、それをうさに伝えると、後押ししてくれた。寂しそうな顔をしつつも、受け入れてくれた。

一度目の時もそうだったが、今回も文句一つ言わず。我がままを言うことも無く、快諾。とまでは行かなくとも、彼女なりに葛藤し、納得して見送ってくれた。

それが有難い半面、俺の為に心を殺し、大人になろうとしていることが、寂しい。なんて言ったら、うさはどう思うだろうか?

「帰ったら、結婚しよう」

あの日言えなかった言葉を伝えると、嬉しそうに答えてくれたうさ。
この気持ちに嘘はない。心からうさと一緒になりたい気持ちは本物。
だけど、気持ちが弱い俺は、プレプロポーズをする事で、うさの気持ちを俺に繋ぎ止めて置く為でもあった。

正直うさはモテる。誰にでも優しく、明るい。そして天然。無意識に色気も放つ。
そんなうさと長期離れるのは辛い。心が折れる。確かな繋がりが欲しいと言うエゴでしたプレプロポーズ。

これが何の保証も意味も無いことくらいは分かっていた。人の心は縛れない。
けど、ケジメとしてもしておきたかった。
した事で、多少なりとも俺の心は軽くなった。

後は彼女の側近で、俺同様うさ命である美奈のボディガード力にかけるしか無い。
勿論、時間が無い中も美奈に直接会い、うさをガードする様直談判。お陰で高くついたが……。

「勿論、現地土産いっぱい買ってくれるのよね?私はうさぎと違ってタダじゃ無いから!」

そうキッパリ言い切り、押し切られた。

「流石、美奈はしっかりしてるな。分かったよ。色々買ってくるから、うさをよろしく頼む」
「この愛野美奈子に、まっかせっなさーーーい!!!」

こうして俺は、心強い味方を得た。
美奈だって俺以外の男にうさを取られたくは無いだろう。利害が一致した形だ。

本音を言うとうさを連れて行きたかった。ついてきて欲しかった。
しかし、彼女にも彼女の生活がある。
家族が居る。学校がある。友達がいる。
みんなそれぞれ、うさの事が好きな子達ばかりだ。俺のエゴで連れていく訳には行かない。

「うさ、ついてきて欲しい」

この言葉は、言おうとして既のところで飲み込んだ。きっと困らせる。優しいうさは着いていくと言いそうなだけに。英語、30点の奴を一人残し、大学へ通うのも危ない。気が気では無い。
どちらにしても俺の心が休まらない事は確定だ。なら、まだ勝手知ったる所で明るく過ごしていて欲しい。そう思った。


飛行機に乗り込み、座席に着席する。

自身の夢で、自分で決めた事とは言え、こんなに寂しいなんて想像もしていなかった。
うさと出会ったことで、俺の気持ちも心もとかされ、“寂しい”と想える感情が芽生えた。それは紛れも無い事実。

留学したい。その夢を抱いた時は、まだうさと出会う前。天涯孤独で、大切な存在など当然おらず。渡米しても変わらない。そう思っていた。

だがしかし、うさと出会い恋に落ち、付き合い。関係を深めれば深める程に愛しくなる。きっとうさと出会わなければこんな気持ちにも気づかなかった。
うさとの出会いが俺の心を溶かし、変えたのは間違いない。

うさが俺の為に必死に大人になろうとしているのに、俺が我がまま言って子供になるのは流石にダメだ。

寂しい想いを抑えるべく、俺は鞄からハンカチを取り出す。いつぞやにうさとトレードしようと約束したハンカチ。
結局、タイミングを無くし、約束は果たされないまま、今に至る。
お陰で留学先にも持ってこられたし、寂しさを紛らわす大切なアイテムとなりそうだ。

「うさ……」

声にならない声を出し、ハンカチに顔を当てる。うさの温もりが感じられる。そんな気がした。

うさを感じ、うさを想いながら俺は、アメリカに到着した後のことを思い描いていた。

着いたら先ず大学へ向かう。音信不通で行けなかった事を教授へ詫びる。留学手続きもある。
滞在するマンションへ行き、予め送っておいた荷物を片付ける。
色々やらないといけないことがある。
それが今はどれ程今の俺には助かるか。計り知れない。

しかしそれは、忙しくて中々うさに連絡出来ないこと。声が聞けない事を意味していて……。
それはそれで辛い事でもあった。

うさにも中々連絡出来ないことは伝えていた。納得はしてくれていたが、仕方ないとはいえ、シンドい。

早くも俺が心を折れそうになる。

それにもう一つ俺達には壁がある。

それは、時差だ。コイツが一番厄介だ。
丸っと昼夜逆転で東京とハーバードでは約15時間の時差がある。
中々連絡の時間が合わない。お互い学校に通うし、寝る時間もある。
俺は留学しに来ているから、医学の勉強をする時間も確保したい。バイトも余裕があれば出来たら……と考えているが。実際は無理だろう。

予め貰っていたカリキュラムを見ても、毎日びっしり講義があった。忙しいのは有難い。反面、うさとの連絡の時間は確実に減る。暗にそう示していた。

そんな事を考えていると、いつの間にか寝てしまった。
次に気付いた時はもう直ぐ着陸する。と言うアナウンスが流れていた。

そしてハーバードの近くのクインシー空港に到着する。

これからの期待と不安を胸に、俺はアメリカの大地へと一歩踏み出す。

うさに相応しい男になり、一皮むけ、一回り大きくなって迎えに行ける様に。

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