第五章 成人


最終目的地であるエリュシオンへと二人は到着する。

「久しぶりだな」
「ここはあの時とずっと変わらず素敵ね」

前世で幾度と無く訪れた地。禁断の恋ではあったが、逢瀬の場の一つで二人にとって、思い出深い場所だった。

「プリンス?プリンセス?」

ゴールデンクリスタルの気配を感じ、啓示の間からエリオスが駆け付けてきた。

「御二人揃って、いかがされたのですか?」

何か事件でもあったのだろうかと、突然の二人の訪問にエリオスは目に見えて戸惑っていた。

「やぁ、エリオス。驚かせてすまない」
「プリンス、その変わったお姿は?」
「ああ、袴と言って成人した男性がこの日だけに着るものだ」
「セイジン?」
「大人になったって証なの」
「なるほど。地上では、色んな催しがあるのですね」

長くエリュシオンに引きこもっているエリオスは、ちびうさと同じくらいこの世界で当たり前の事を知らない。経験出来ていない。
地球の常識はエリュシオンでは非常識で、その為エリオスは相当な世間知らずだった。

「その姿で来られたと言う事は、何か理由がおありなのですか?」
「流石、感がいいな」
「エンディミオンにこの姿を見てもらいたくて」
「???」

うさぎの説明に、エリオスは何を言っているのかさっぱり理解出来ず、頭の上にクエスチョンマークが飛んだ。
天然な言動で何を言っているか時々理解できない事があるが、暫く見ない間に拍車がかかったとエリオスは失礼ながら思ってしまった。

「エンディミオン様なら衛様が生まれ変わりでは?」
「まぁそうなんだが。前世の俺に、と言う意味だ」
「前世のプリンス、ですか?」

衛から説明を受けるも、理解がキャパオーバーしてしまい、全く分からない様子。

「前世の俺は、大人になれずに死んでしまったんだ」
「だからね、無事大人になれたまもちゃんを、エンディミオンに見てもらいたいなって思ったの」
「なるほど、そういう事でしたか!」

最後まで説明されて、エリオスはやっと理解が出来た。
過去のエンディミオンは、地球人が月に攻めて行った戦いを止めようとして非業の死を遂げた。それがまだ大人になる前の出来事であるとはエリオスは今まで知らずに生きてきた。

「では、案内致します」

エリオスの機転に、今度は二人がクエスチョンマークを浮かべる番だった。今の話で、案内する場所があると言うのだろうかと。

「エリオス、一体何処へ」

二人の前を歩くエリオスは、啓示の間を通り過ぎ更に奥へと歩いて行く。
元々寂しいエリュシオンだが、案内された奥地は更に暗く寂しい場所だった。

「こちらです、プリンス、プリンセス」
「エリオス、ここは……?」

エリオスが立つそこには、石碑の様なものが一つ建っていた。

「エンディミオン様のお墓です」
「俺の、墓……」

まさか自身の墓が作られているとは知らなかった衛は、複雑な気持ちになる。自身の墓に手を合わせる日が来ようとは、思いもしなかった。

「ちゃんと、作られていたんだね」
「片時も忘れぬ様。そして、悲劇を繰り返さぬ様にと」
「そうだね。もう、あんな事は二度とゴメンだわ」
「エリオス、ずっと俺の墓を管理してくれて感謝するよ。そして、案内してくれてありがとう」
「いえ、私は私の役割を果たしているだけです」

エンディミオンと地球の無事を祈る事がエリオスの使命。真面目なエリオスは、あくまでもその使命の延長で果たしているだけだという。

「やっと、連れてくる事が出来て肩の荷が少し降りたような気がします」
「今まで守ってくれていてありがとう。これからは俺も来るから、気張らずエリオスの負担を減らしてくれ」
「痛み入ります」

衛の優しい言葉に、エリオスは胸がいっぱいになった。
自分のエゴで建てた墓で、連れて来た事も出過ぎた真似かと思ったが、労いの言葉をかけられてホッとし、胸のつかえが取れた気がした。

「拝みましょう」

まさかここに来ても拝む事になるとは。予想外の展開に戸惑いつつも、墓がなくとも縁の地でそうするつもりだったので、お墓に手を合わせられる幸せをかみ締めながら、うさぎと衛はまた手を合わせて拝み始めた。

(エンディミオン、俺は今日成人式を迎えたよ。
前世の俺はまだ大人にならず、セレニティを守って死んでしまったな。あの時の事は後悔なんてしていない。
セレニティを愛していたし、一緒になれないなら、将来が無いのなら生きていても仕方が無いと悲観していた。王国を継ぐ事もセレニティも諦められなかった。
でも、安心してくれ。こうして生まれ変わって、同じ地球、同じ身分でうさとまた出会い恋に落ちた。戦っていく中で、うさと一緒になりこの地球を治めている事、子供をもうけて幸せにしている事を知った。
前世の俺であるエンディミオン。あの時の判断、前世での全てのお前の決断は間違ってない。胸を張って眠ってくれ。
そして生まれ変わった俺は、セレニティの生まれ変わりであるうさをお前の意思も大切にしつつ、この命ある限り側にいて愛して行くと誓うよ。
だから安心して眠ってくれ。
またここに必ず来る!俺たちがいつまでも一緒にいられるよう、見守っていてくれ、エンディミオン)

(エンディミオン、お久しぶりです。セレニティの生まれ変わりのうさぎです。
あの時、貴方が私を置いて逝ってしまってとっても悲しくて、後を追って自害してしまった。
でも、こうして貴方の生まれ変わりのまもちゃんと出会ってまた恋をして、とっても幸せだよ。
あの時庇ってくれて、ありがとうって今なら素直にそう言えるわ。
エンディミオンに出会い、恋が出来たこと、貴方と過ごした事に後悔なんて全くしていないし、あの時の思い出はセレニティにとって輝く素敵な想い出。
これからはエンディミオンの生まれ変わりのまもちゃんと貴方とセレニティの代わりに幸せになるから、見守っていてくれると嬉しいな♪)

うさぎと衛は、募る想いを永遠とも思える程長い時間、しっかりと拝んでいた。
その横でエリオスは二人の様子を見ながら静かに見守っていた。

「エンディミオン……」

拝み終わったうさぎが、一言、昔の名を呼んだ。
それに答えるように、衛が拝み終わり顔を上げる。

「ここに、来られてよかった」
「連れて来てくれて、ありがとう」
「いえ、ちゃんと想いは伝えられましたか?」
「ああ、また来ると約束した」
「きっと、喜んでいると思いますよ」

エリュシオンと言う特別な地には何かなければ来られない。エリオスとも中々会う事は出来ない。
衛もエリオスも分かってはいても、やはり何処か寂しさはあるわけで。こうして口実が出来たことも、ここへ来た事の意義を見いだせたと感じていた。

「エリオス、今日は急な訪問にも関わらず快く歓迎、そしてエンディミオンの墓を案内してくれてありがとう」
「エンディミオンに手を合わせられて良かったわ」
「またいつでもお待ちしております。ここはあなた達のホームなのですから」

エリオスに例を言ってお別れを告げる。
きた時と同じように衛はゴールデンクリスタルを手に取り、うさぎは衛の腕に手を絡めてピタリとくっ付く。

うさぎの家へと戻ってきた二人は、袴を脱ぎ月野家で夕飯をみんなで食べた。

それから衛が自宅のマンションへと戻ってきたのは夜の9時過ぎだった。

この日衛は、大人になる事の尊さを噛み締めながら眠りについた。



***


翌日の午後、俺はうさと共に空港へと来ていた。留学先のケンブリッジに帰るためだ。

「うさ……」
「まもちゃん!待ってるから」

お別れの前に言わなくてはならないことがある。言い難い。曇った顔でうさに話しかけようとして、察したのか遮られてしまった。
いや、偶然かもしれない。どの道別れの瞬間は何も無くとも暗くなるのだから。

「うさ、聞いて欲しい」
「な、なに?」

うさの顔が若干強ばる。よからぬ事を言われる予感を感じ取っているのだろう。

「留学、一年延長しようと思ってる」
「え?う、そ……」

留学して半年以上が過ぎた。俺は、頑張って書いた論文が認められ、もっとアメリカで勉強しないかと教授から打診があった。
したい。もっとアメリカで学びたい。こんなチャンスは滅多にない。
ただ、やはり脳裏にはうさの事が気にかかった。
一時帰国したのはこの事があったからだった。育子ママたちの推しの強さもあったが、暫く帰れなくなる。うさとゆっくり過ごすのも難しくなると思ったからだ。

「もう、決まり……なの?」
「後一年!後一年だけ待っていて欲しい!それ以上の延長はしないから。頼む、うさ」
「まもちゃん……分かったわ。後一年だけだよ?」
「うさ!」

ショックを受けていたものの、強く説得すると許してくれた。いや、諦めたのだろう。
うさは優しい。俺の気持ちを優先してくれたんだろうな。

「じゃあ、行ってくる」
「電話、するから!」
「俺も連絡する。愛してる、うさ」
「私も大好きよ、まもちゃん」

熱い抱擁を交わし、俺は搭乗ゲートをくぐって飛行機に乗り、再びアメリカへと旅立った。

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