第五章 成人


ハーバード大学の冬休みを利用し、衛は留学から一時帰国していた。
クリスマスにカウントダウン。年末年始のイベントを久しぶりにゆっくりと日本に戻り、うさぎと過ごした。
そしてもう一つ。衛にとって一大イベントがこの日、控えていた。ーーー成人式だ。
着物の着付けのために衛は朝からうさぎの家へと来ていた。うさぎの母である育子に着付けてもらうためだ。

「よし、出来たわ!」
「ありがとうございます」
「良いのよ。元わといえば私の我儘に付き合わせているんですもの」

袴を着て成人式に出席して欲しい。そう言い出したのは育子の提案だった。
留学中の衛は、成人式に出ること自体興味が無く、日本には帰らずにアメリカに留まろうと考えていた。
しかし、それを見透かしたように育子と謙之から押し切られる形で説得された。

「まもちゃん、二十歳になったでしょ?成人式には出るよね?」
「いや、着物も無いし……」
「ダメよ、衛くん!いくらアメリカ留学中だからって日本人の心を忘れちゃダメよ!」
「君の袴はこちらで用意したから帰って来なさい」
「久しぶりに衛さんと色々話したい」

ある日のうさぎとの国際電話で、月野家が全員集合して成人式に帰ってくる様凄い剣幕で説得された。
成人式と言うのは名目で、うさぎが寂しがっているから帰る口実を作ってくれたのだろうと衛は邪推していた。
勿論、衛とてうさぎと会いたい。亡き両親が残してくれた財産と保険金がいっぱいあるとはいえ、飛行機代等は高い。それを考えると何度も帰るという決断は、滅多な事が無い限り出来ない事だった。
しかし、それをクリア出来る成人式と言うイベントは衛にとって有難く、それならばと素直に乗っかることにした。
何よりうさぎだけでなく、月野家の面々にも久しぶりに会いたいと思っていた。

「わぁ~、袴姿のまもちゃんもかっこいい♪」
「そ、そうか?照れるなぁ……」

着付けが完了し、衛はリビングへと移動した。
そこで今か今かと衛の着物姿を待っていたうさぎに、袴姿を見せると目を輝かせて喜んでいた。衛にとって中々貴重な和装姿だ。

「ピッタリだったな」
「はい、ありがとうございます」

衛の袴姿を見た謙之は、丁度良いサイズ感であった事を確認してホッとしていた。

「袴姿の衛さんも、知的で理想的だなぁ」
「進悟くん、褒めすぎだよ」

進悟は、袴姿の衛に尊敬の眼差しで見ていた。

「衛くん、立派に成人を迎えられて良かったな」
「ええ、ご両親にも見せてあげたかったわ」
「そうだな。きっと天国で見ているさ」
「そうね。おふたり共喜んでいるわね」

衛が六歳の時、両親を交通事故で無くした。大事故で即死だったと言う。自身も死んでいてもおかしくは無かった。
けれど、記憶は無くしたが生かされた。それは、うさぎと出会い前世に成就出来なかった悲恋をやり直して今度こそ添い遂げるため。
その背景を育子や謙之は勿論知らない。事故だけではなく、戦士として幾度となく死と隣り合わせで危険な目にあってきた。
それだけに今、人一倍生きて成人を迎えている事に感慨深い。

「そうですね。二人にも見せたかったし、見て欲しかったです」
「まもちゃん……」
「成人式の後は二人で墓参りの予定よね?」
「はい、その予定です」
「じゃあ、ご両親によろしく伝えておいてくれ」
「勿論です」

この日の衛は忙しい。成人式に出た後は、うさぎと墓参りに行って、成人した報告を両親にする事にしていた。
二十歳になってから初めての両親の墓参り。誕生日であり、両親の命日の8月3日の夏休みは、論文が忙しく帰れなかったのだ。

「では、そろそろ式場へ向かいます」
「その前に、みんなで写真を撮ろう」

もう出掛けようとする衛をカメラと三脚を持って謙之は出発を阻止して来た。

「そうだよ。まもちゃんと二人で撮りたい!」
「やれやれ、仕方ないなぁ……」

写真を撮ると聞き、うさぎは衛の腕に笑顔で絡み付いた。その幸せそうな笑顔を見た謙之は、つい娘に甘くなってしまう。

「はい、チーズ」
「次はママね♪」
「え、ママも衛くんとツーショット希望?」
「ええ、美人に撮って頂戴ね?」
「ママはいつも美しいよ」
「まぁ、パパったら」

育子が喜ぶ言葉をよく知っている謙之。最高の笑顔を引き出した所で、二人を写真に収める。

「じゃあ、次は俺の番!」
「はぁ?進悟もか?」
「当たり前だろ!うさぎと母さんばかりずっちーよ。イケメンに撮ってくれよな」
「進悟は父さんに似て十分にイケメンだよ」
「ま、そーゆー事にしといてやるよ」

進悟を褒めつつ、自身もしっかりイケメンである事を主張する謙之に進悟は呆れ気味だ。

「さて、父さんと衛くんのツーショットも頼むよ、うさぎ」
「え、私?って、パパまでまもちゃんとツーショット希望?」
「何か文句でもあるか?家長であり、保護者で今回の立役者の父さんにだってツーショットを撮る権利くらいあるだろ」
「そうだけど……」

ぶつくさと不服を呟きながらもうさぎはカメラのシャッターを切る。
父親の笑顔と、自分に向けられた優しい衛の眼差しをカメラのレンズ越しに確認したうさぎは頬を赤らめて照れていたが、それを誰も知る由もなかった。

「ママ、衛くんの横に座って」
「え?スリーショット?」

うさぎとのツーショットから始まり、次から次へと衛と二人で撮りたがった四人。
それが終わると謙之と育子、そしてうさぎと進悟、謙之と進悟、育子とうさぎとスリーショットを撮っていき、当初撮りたかった家族写真を撮れたのはもう出発しないと式に間に合わないと言うギリギリの時だった。

「それでは、行ってまいります」
「行ってらっしゃい」
「また、いつでもここに帰ってきてね?私たちは衛くんの保護者なんだから。見守る義務があるし、ご両親ともそう約束しているんだから」
「はい、ありがとうございます」

育子の一言に、衛は目頭が熱くなるのを感じた。
うさぎと付き合ってからも感じていたが、自分はひとりじゃない。傍で支えてくれる人がいる。
うさぎの家族も、うさぎと同じでとても心が温かい人達だと。

「じゃあ、行って来んね♪」
「気を付けてね」

謙之達に見送られながら月野家を後にして、衛とうさぎは成人式に出る為に会場へと向かった。

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