第四章 決心
衛が留学をして二ヶ月が経ったある日の夕飯後の事、うさぎが口を開いた。
「ちょっと話があるんだけど」
いつになく真剣な表情のうさぎに、両親は驚き心臓が早鐘を打つ。
「何だい、うさぎ?」
「どうしたの?」
思い詰めたような顔をして真剣に話そうとするうさぎを今まで見た事がなかった父と母は心配な面持ちで質問した。
「実は、あたし……」
そこまで言って言葉が詰まる。続きの言葉が喉の奥に詰まっているようで、中々続きが出てこないようだ。
そんな今までに見たことも無いうさぎに、まさかの自体を想定し、二人は固まる。
「だから、どうしたんだようさぎ!まどろっこしいなぁ」
うさぎの様子を心配する両親を他所に、何にも心当たりのない脳天気な進悟は急かした。中々言葉を発しないうさぎに、進悟が痺れを斬らす。
「実は、あたし……大学受験しようと思ってるの!」
意をけしてうさぎは一気にそう告白した。
「ええええ〜〜〜〜!!!大学受験!?」
うさぎの言葉に一番驚いたのは、他では無い進悟だった。
それもそのはず。うさぎはまだ高校二年生。進学を考えるのはまだ先のこと。
そこに加えてうさぎは勉強が嫌いだ。なのにわざわざ受験勉強をして大学に行きたいと言い出した。どういう風の吹き回しかと思うのは当然のことだった。
高校を卒業したらどうするかは個人の自由になる。短大や専門学校に行く方が勉強しなくても済む事を進悟も知っていた。うさぎにとって簡単な道を蹴ってまでわざわざ受験勉強をしなければならない道を選ぶのが考えられなかった。
「どうして又急に?」
驚く進悟を他所に、父親は冷静にうさぎに大学受験したい理由を問う。
「急じゃないの。今年に入ってからずっと考えていたの」
「何かしたい事や、夢でも出来たのか?」
父親の質問に、うさぎは首を横に振った。
「うさぎの夢は確かお嫁さんよね」
「今どきお嫁さんなんてダサいぞ」
「そうだな。高校卒業してすぐ結婚は、パパは反対だ」
うさぎの夢を知る母は疑問に思った。
しかし、進悟が全否定し、父親にも反対を受けた。当たり前の反応だろう。それを見越して大学受験をしようと考えたのだから。
「お嫁さんって夢は変わらないよ?でもね、まもちゃんは医大生で六年も大学に通わなくちゃいけないらしいの」
だから自分が高校を卒業してもすぐには結婚出来ない。短大や専門学校に行っても大して変わらない。
衛と足並み揃えるためにも、自分自身の将来の為にも四大へと進みたいとうさぎは力説した。
「なるほどねぇ……」
衛が留学した事により、うさぎに考える時間が出来たことで出た結論に母親は納得した。
父親も子供だと思っていたうさぎが色々考えている事に驚いた。
「衛くんの事は認めているが、学生結婚はダメだからな。そう言うことなら」
父親がそう答えると、うさぎは見る見る笑顔になり、喜ぶ。
「パパ、じゃあ……?」
「ああ、大学受験、いいんじゃないか?」
「やったぁ~!ありがとう、パパ!大好き♪」
「でもさぁ、どこの大学受けるんだよ?」
進悟が当たり前のように聞いたこの質問で、快諾していた父親の顔が曇る事になる。
「ん?まもちゃんと同じ大学♡」
「は?無理じゃね?」
なんと、うさぎが受験したい大学とは衛が通う大学だった。つまりはこの大学一択で、滑り止め等は受けないということだ。
その言葉に、進悟はすかさず否定した。偏差値等はよく分からないが、衛が通っているという事はレベルが高い事は容易に推測出来たからだ。
「だから!今から頑張って勉強するって言ってるのよ!」
進悟に指摘されなくとも、うさぎとて簡単では無いことは分かっていた。ましてや勉強なんて嫌いで、出来れば回避したい方向なのだ。
それでも目指してみたいと思えたのだから頑張ろうと決意した。進悟に何と言われようと成し遂げると誓っていた。
「うふふ」
そんな中、母親が微笑んだ。
「何がそんなにおかしいんだい、ママ?」
「だって、どこかで見た事あるやり取りだと思って」
笑っている理由が見当たらない父親が質問をすると、デジャブだと嬉しくなったと答えた。
「ほら、二年前の今頃。進悟が中学受験したいって言ったじゃない?」
「ああ、あの時も驚いたよ」
「志望校聞いて更に驚いたでしょ?」
「衛くんと同じ元麻布だしな」
「で、今回はうさぎが衛くんと同じ大学受験したいって」
「ああ、確かに同じだな」
似た者姉弟で仲良しね、と母親は楽しんでいた。
しかし母親とは違って複雑なのが父親の心だ。当然、面白くないのである。
「また……衛くん、なのか?」
進悟もうさぎも衛の影響で進路を決めた。
進悟の通う中学も高校も進学校。もうどこに出しても恥ずかしくない。大学も選び放題でいい所が狙える。
うさぎも又、衛と同じ大学に行きたいと言う。今のうさぎでは相当頑張らなければならないが、それでも合格すれば就職も一流企業が狙えるだろう。
しかし、父親としては彼氏より父親を目標にして欲しかったというのが本音である。
「あらあら、やきもち?」
「ママ……」
自分を目標にして貰えず父親は拗ねてしまった。
「あん時、うさぎ、すっげー驚いてたけど、今の俺はそれ以上の驚きだよ」
進悟は皮肉たっぷりにうさぎにそう言い放つ。
うさぎもまさか自分が大学受験をすると言う決意をするとは思ってもみなかった為、あの時の言葉がこんなに突き刺さってくるとは思いもしなかった。正に、ブーメランだ。
「受験しなくていいのに、するって言うから驚くでしょ?」
「そっくりそのまま返すよ。どう言う風の吹き回しだよ?」
「まもちゃんとキャンパスライフを送りたいのよ!それに、やりたい事も見つけたいの」
「ふーん、結局衛さんと同じ大学通いたいだけかよ」
「悪い?」
「別に」
正に二年前と同じ状況。だが、決定的に違うことがひとつある。それは、ちびうさが未来に帰っていないことだ。
もし、ここにちびうさがいて、この決意を聞いていたらどう言う反応が返ってくるだろうかとうさぎは少し考えてセンチメンタルになった。
「何にしろ、向上心があるのはいい事だ。四年、大学に通ってじっくりやりたい事を考えればいい」
自身を目標にされていない事に対しては悲しかったが、うさぎの真剣な面持ちに、妊娠したという最悪の事態では無かったことにホッとした。
「ありがとう、パパ。私、頑張るね!」
この日からうさぎは、少しづつ勉強を頑張り始めた。
父親も、そんな娘の真剣な姿に、益々仕事に精を出して頑張るようになった。
進悟はというと、負けてられないと闘志を燃やし、密かに自分も衛と同じ大学を受験しようと心に決めたのだった。