満月を探して


秋にしてはよく晴れた夜空のこの日、ルナは猫の姿のまま、ボーッと夜空を眺めていた。
猫の姿の秋の夜は少し冷えるが、月野家の屋根に登り、月を見たいと思える。そんな日だった。

「ルナ」

ボーッと月を見上げていると、不意に声をかけられ驚きながら声の方向へと向く。そこにはルナと同じ猫の姿の長年の相棒がいた。

「アル」

ルナは声の主であるアルテミスの姿を確認し、声をかける。

「珍しいな。こんな所でどうしたんだ?」

まだ冬では無いが猫の姿でいるには寒い11月の夜、外で物思いにふけるルナをアルテミスは不思議に思った。

「うん、ちょっとね……」

そんな日もあるかと思うが、ルナは言葉を濁した。
アルテミスから視線を外し、また再びルナは月をみあげる。

「ねえ、アル?」
「なんだい、ルナ?」

優しい声でルナはゆっくりとアルテミスに語りかける。

「あたしね、将来は月で暮らしたいと思っているの」
「ルナ……」

ゆっくりとルナは自分の心境を語り始めた。
初めて聞くルナの本音に、アルテミスは驚きを隠せないでいた。

「あたし達、クイーンの命を受けて月へと遣わされて来たじゃない。漠然と、プリンセスが月の王国を継ぐんだって思っていたし、今もどこかでそう期待してしまっているところがあるの」

産まれ育ったのはマウ星。その地にいる時には人間の姿で過ごして来たルナとアルテミス。
月へ遣わされた時から猫として過ごしていた。
うさぎ達の成長のお陰で今では人間と猫、なりたい時になりたい姿に変えられる。
それでもルナは殆どを猫の姿で過ごして来た。猫の姿の方が慣れているし動きやすいと言うのは勿論の事だ。

「だから猫の姿で過ごし続けているの?」

人の姿になろうと思えばなれるが、ルナは中々そうしない。
その事にアルテミスは気付いていて疑問に思い今回満を持して質問した。

「気付いていたのね。この姿の方が便利で楽だし、人間だと何だか落ち着かないのよ」
「まあ気持ちは分かるよ」
「月で過ごした事が、忘れられない。遠い昔だけれど、昨日の事のよう」

月の王国は宇宙で最も繁栄した王国だった。
その為、全ての星の人々は憧れ羨んだ。
ルナ自身もそうだった。
いつかは。そんな思いがあった。そんな中、クイーンが他の星から人を探していると聞き、選ばれたくて必死に勉強をした。
その甲斐あって晴れて選ばれ、月へと遣わさた。
楽しい事ばかりではなかったが、ルナにとっては月で過ごした日々はかけがえのない宝物だった。
プリンセスの側近をして、成長を見守りクイーンとなるのを楽しみにしていたのだ。

「うさぎちゃんに言われちゃったのよね。私は月へは戻らない。もう住まないんだって。まもちゃんが不安に思っていて、嫌な事はやらないって決めたって」

ルナは今日一番の落ち込んだ声でそううさぎに言われた言葉を口にして、悲しそうにしていた。

「前にも一度、言われていたのよね。パパとママが待ってる家に帰らなきゃって、遠回しに断られたのよね」

それはメタリアとの戦いが終わり、見事再建したムーンキャッスルをうさぎと衛に見せた時のこと。
ルナは嬉しくなり、うさぎにクイーンとなりムーンキャッスルの主としてやって欲しいとお願いをした。
しかし、うさぎは地球で産まれ、月野うさぎとしての生活がある。

「頭では分かっているつもりだった。うさぎちゃんはプリンセスの生まれ変わりで、姿形が、容姿が幾ら同じでも、やっぱり全くの別人で、地球での生活があるってこと。
でも、あたしとアルは違うじゃない?
だから、つい同じと思ってしまうの」

心がついて行かないといつも冷静なルナが取り乱し、苦しい胸の内を叫んだ。

「俺達はコールドスリープしただけで、あの時死んでないもんな。クイーンがこの未来を望んで最期の力で俺達をここに、その時まで眠る様に計らってくれた。
ルナの気持ちは分かるよ。
俺も、美奈と地球で初めてあった時は全く覚えてないどころか、変態扱いだぜ?」
「アル……」
「ここ、笑うとこな?」

深刻な顔でルナから見られたアルテミスは自虐ネタが滑り、苦笑いをした。
そして言葉を続ける。

「俺はルナと違って記憶の改ざんはなかったから、その時のショックは計り知れなかったけど。美奈と言う人と向き合うとそう言う奴なんだと諦めたよ」

美奈子もまた容姿は同じでも中身は全く違う人。
アルテミスは長く美奈子の相棒を務める中で悟りを開き、そう言うものだと気持ちを切り替えていた。
うさぎもプリンセスの時とうさぎとではやはり何処と無く違う。
お転婆なプリンセスの面影を残しつつも、泣き虫でおっちょこちょいで、だけど誰より優しい。うさぎも又、プリンセスとは違うのだ。

「それだけじゃないの。あたし達、その後また戦いが起きて未来に行く事になって、未来を見たじゃない?」
「ああ、びっくりしたよ。ちびうさが衛とうさぎの子だとか、未来でちゃんとクイーンやってたとかさ」
「そうなのよね。未来でうさぎちゃんが22歳でクイーンとして即位して立派に地球や月を統治しているのを見て、期待しちゃって……
分かってるの!それもパラレルワールドで、そうじゃない未来だって存在するって事くらい」

でもルナの中で、かつて見たあの未来が来ることをどこかで期待していた。
色んな可能性と未来がある今、あの未来はただの可能性の一つに過ぎない。

「俺もあの未来に甘えてた部分は大きいかな。ルナとの間にダイアナと言う子がいたから。
でも、まさか違う人に恋をしてるって知って正直焦ったし、ショックだったよ。
あ、君を攻めてるわけじゃないんだ。
自分が行動しなかった事が悪かったわけだし、自業自得って奴だよ」

アルテミス自身も身に染みて未来の通りにいかない可能性がある事を体験していた。
ルナが一瞬、申し訳ない顔をしたのを見逃さなかったアルテミスは、優しくフォローした。

「それに、ネヘレニアとの戦いの後のあの戴冠式の様な式典も、忘れられないわ。やっぱりうさぎちゃんはクイーンとしての素質はあるし、そこに向かっているような気がして……」

たったの数分の出来事だった。
うさぎがクイーンとなり、衛はキングとなって次世代のちびムーンを守る戦士を目覚めさせたあの光景。
あれこそがルナとアルテミスが月の王国に着任した時にクイーンに施された力その物だった。
ルナはそこにうさぎのクイーンとしての力を見た気がしたのだ。

「あれは確かに凄かったよな。クイーンに近い力を見たようだったよ。みんなも様変わりして、一皮むけたし」

ルナの言葉にアルテミスも思い出し、うっとりしながら同調した。

「だからこそ、余計にクイーンになりたくないって勿体ないと思うのよ」
「気持ちは分かるけど、それは銀水晶とうさぎの問題だしなぁ……」
「分かってるけど……」
「クイーンになる、ならないは銀水晶とうさぎの心次第だ。どんな未来になるかはまだ分からない。気長に見守って行こう」
「アル……」

月の王国に囚われ過ぎているのかも知れない。
うさぎが時折見せる姿が、かつてのクイーンやプリンセスのそれであり、ルナはうさぎがプリンセスその人のままのような気持ちになる事が多々ある。

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