アルルナダイアナSSログ
『始まりはいつも晴れの海で』
ここに来たのはいつ以来の事だろう。
あれはメタリアとの決戦の時だ。
うさぎが幻の銀水晶を開放して、無事メタリアを倒した時に月の王国はその祈りの力で蘇った。
それ以来だから三年以上振りと言う事になるとルナは祈りの塔で感傷に浸っていた。
「やっぱりここは落ち着くわ」
「全てが始まった場所だもんな」
「そう、だから気が引き締まる」
ギャラクシアとの戦いを終え、地球へと無事戻って来たルナだったが、色んなことがあり、戦いの傷が癒えておらず、アルテミスは何とか元気づけようと月へと連れて来た。
蘇ったあの日、自分達がいたのは故郷であるマウ星。おかしなことでは無いが、それはルナがショックを受けるには充分な出来事だった。
月でも無く、現在拠点を置いている地球でも無い。忘れかけていた母星、マウ星。
やはり自身はどう足掻いてもマウ星人であり、月の住人では無いのだ。それを目の当たりにしたルナは激しく動揺していた。
ーー何故、月で蘇らなかったのか?
マウ星で過ごすよりも月で過ごした時間の方が遥かに長かった。それなのに、身体はマウ星へと戻り、更には人の姿に戻っていた。
ーーどう足掻いてもマウ星人なのか?
「やっぱり私、ここが良いのよね」
どうしようも無くここが好きだとルナは涙を浮かべながら力説する。
「分かるよ。居心地良かったしな」
「みんな優しかったしね」
猫の姿でいても、ここでは悪戯をする人はいなかった。地球では悪ガキに三日月ハゲの部分を絆創膏で隠されたりしたが、そんなこともない。
だから何も気にせず猫の姿でいられた。
「ねえアルテミス、覚えてる?」
「ん?」
「私たちがここに来た時のことを」
「ああ、あの戴冠式な。いきなり猫の姿に変えられたのは驚いたよ」
クイーンに任命され、着任した日の戴冠式でアルテミスとルナはクイーンの銀水晶で猫の姿に変えられた。
驚きはしたが、不思議と嫌では無かった。戦士では無く、太陽系惑星の人間では無い二人は猫の姿で過ごす決まりになっていた。
それが月のしきたりの一つと聞き、そう言うものなのかと二人はすんなり受け入れた。
その為、地球でも自然と猫の姿のまま過ごしていたし、自分達が人間だった事すら忘れていた。
「驚いたけれど、今ではすっかりこの姿が当たり前になっているし、しっくり来るのよね」
「今も猫の姿でここにいるもんな」
「猫の姿が長いもの」
今やうさぎの恩恵を受けて自由自在に猫と人間に姿形を変えられる。
しかし、それでも大半の時間を猫の姿で過ごしている。アルテミスはルナといる時はルナに合わせる形をとっていて、今は猫の姿だ。
「ここから全てが始まったのよね……」
「そして又、ここから始めたいんだろう?」
うさぎには月には住まないと拒絶された。
しかし、誰でもないうさぎの銀水晶の力で蘇った月の王国。
マーレセレニタティスと呼ばれる晴れの海は物の見事に復興し、繁栄しようとしている。
そんな場所に誰も住む人がいない。守る人がいない。せっかく復興したのに、宝の持ち腐れもいいとこだとルナは一人、やるせない気持ちになっていた。
「せっかく元通りのシルバーミレニアムが復興したのに、勿体ないわ」
今のうさぎは地球生まれのただの学生。理屈は分かる。生まれたところが生きる場所。
でも、未来でクイーンになっているのを見たり、クイーンとして傷ついた地球を癒している姿やネヘレニアとの戦いの後の戴冠式。クイーンとしての素質と片鱗を見せたうさぎを勿体ないと感じてしまう。
「こればっかりは仕方ないからなぁ……」
アルテミスは立場が変わったうさぎを思いやる。
「私たちだけよね、滅んで行くのも復興して行くのも目の当たりにしたのって」
「言われてみればそうだな」
月の王国が滅んだ時、プリンセスは自害し、守護戦士も息絶えていた。クイーンは決死の思いでメタリアを封印し、最後の力を振り絞ってルナとアルテミスをコールドスリープ。
復興した時は、うさぎがセーラームーンとして銀水晶を開放してメタリアを倒そうとしていた。守護戦士は自害したうさぎを甦らせるため、変身ペンを投げ出し絶命。
滅びの瞬間も、復興の時もそれを目の当たりにしていたのはルナとアルテミスだけだった。
その為、余計にルナにとっては月の王国への想いは誰より強い。
「これはきっと、そう言う事なのよ!私がここを守れって思し召しだと思う」
「ルナは本当にここが好きだなぁ」
「だって、志半ばだったもの」
マウ星から月の王国に来た日からルナはプリンセス・セレニティがクイーンとなり、この王国を治める未来を思い描いて生きてきた。そう信じて疑わなかったし、絶対的未来と思っていた。
しかし、実際はそうでは無かった。月の王国は脆く儚く崩れ去り、クイーンもプリンセスも死に絶えた。
プリンセスが生まれ変わり戦士となり、月の王国も元に戻ったが、当の本人は月の王国どころかクイーンになる事に興味が無い。
これでは月が蘇ったのに、ただのお飾りの王国と化してしまう。
どうにかしたい。どうすればいい?
考えた結果、うさぎの代わりにルナが住んでその時まで守り続ければいいのだと。
「クイーン、将来、またここで永住する事をお許し頂けますか?」
「ルナ……」
祈りの塔に向かってルナは今は亡きクイーンに祈り始めた。真剣な顔に、アルテミスは思わず見とれてしまう。
メタリアの時にも感じたが、真剣に祈るルナは月の女神の化身セレーネの様だ。
「クイーンやプリンセスに代わって私がここを守ります」
「私も、ルナを支えて一緒にこの星を守って行きます」
この日二人は、晴れの海で再出発を誓った。
祈り終わると久しぶりの月を散策し、未来のビジョンを二人で語りながら月を堪能し、地球へと帰って行った。
おわり
20240715 海の日