美味いものを食うぞ!
バイトを早々と切り上げた勇人は、まことのマンションへと来ていた。目的はただ一つ!ーーーそう、土用の丑の日のうなぎ丼。
「うっわぁ~超豪華!」
一目散にリビングに行くと、予想外に豪華な料理の数々。
うなぎ丼をメインに、ちょっとしたおかずと味噌汁くらいかと思っていた勇人は、良い意味で裏切られた事に驚いた。
「これ、全部まことの手作りか?」
「ああ、つい嬉しくて腕によりをかけて頑張っちまったよ!」
答えは“YES”に決まっているのに、聞かずにはいられなかった。そして、まことの口からはやはり当然の答えが平然と、しかも勇人が嬉しくなる言葉を含んで返って来る。
何故か聞き返すと、勇人と付き合ってから初めての土用の丑の日で、つい色々鰻で作ったのだとか。
そのまことの想いに、バイトを早々と切り上げてうなぎ丼を食べに行くと事前に話しておいて良かったと安堵した。
もしもいつも通りの激務をしていたら目の前の豪華な食事にはありつけなかったことだろう。自分の食い意地とまことと過ごしたいと自身の全ての行動に感謝した。
「うなぎの蒲焼に、天ぷら、うなぎのたたきに春巻き、夏野菜の甘辛炒め、酢の物にうなぎのロールキャベツ、うなぎのっけ蕎麦」
食卓に並んでいる数々の豪華な料理の説明を、一つ一つ丁寧に指さしながら説明をしていく。
「それから、ご飯は……」
副菜を一通り説明してから、ご飯の説明の前に一旦区切る。と言うよりは勿体ぶっている感じに見える。
食卓にもう一度目をやる。そこで初めて勇人は、メインのうなぎ丼が置かれていないことに気付いた。
「あれ?うなぎ丼は?」
「その事なんだけど……ごめん、勇人!うなぎ丼は無し」
「は?何でだよ?メインだろ?」
「楽しみにしてくれてたのは分かってたけど、ありきたりかなと思って、違うご飯料理にしたんだ」
うなぎ丼は誰でも何度も食べているから、味もどこで食べても変わらない。だったら、違う料理に挑戦したいと言う気持ちが芽生えた。
一人の時は当然ながら一人分だけ作ればいい。そんな時、うなぎ丼はお手軽で良かったのだ。
しかし、今は食べてくれる大食らいの彼氏がいる。まことは今までの料理の腕の成果を単純に試してみたかった。
うなぎを買いながら、スーパーで色々見ているうちにうなぎの献立が次々浮かび、作ってみたかったものに挑戦することにした。
「それに、手の込んだものの方がより美味いだろ?」
「確かに。うなぎ丼なんて丼にご飯盛ってうなぎ乗せてタレかけるだけで誰でも作れるしな!で、どんなうなぎのご飯作ってくれたんだ?」
勇人は作ったことは無いが、何となくのレシピを言ってみた。すると、確かに誰でも作れることに改めて気づき、何故自分はこんなにもうなぎ丼が好きで食べたかったのか疑問にぶち当たった。……単純、と言う事なのだろうか?
いや、タレをお手製で作ればオリジナルになる。その事に、若干頭が良くない彼女が気づいていないのか、タレは市販のものを使うらしいと推測された。
だからこそ、別のご飯料理をとなったのだ。
「ジャーン!うな玉丼!」
「おお!逆転の発想!美味そう」
うなぎ丼の代わりにまことが用意したご飯はうな玉丼。結局は丼と言う裏切りに、中々斬新だと勇人は感じた。
「いっただっきまーす!」
言うが早いか、箸を利き手で持って副菜を次から次へと口の中へと運んで行く勇人。
「ん、んまいんまい」
食リポは下手なのか、口を運んでは“美味い”を繰り返す。
豪快に食べる勇人を嬉しそうな笑顔で見つめるまこと。この食べっぷりが見たかったのだと色々うなぎ料理に挑戦して良かったと幸せにひたっていた。
そんな事とは知らない勇人は、丼を左手で持ち、口をつけて箸で掻っ込んでいた。
「ゆっくり食えって!誰も食わねぇんだから焦らなくていいから!」
「まことの料理が美味いから、自然と早食いになるんだって」
急いで食べて横に入って咽でもしたら、との心配を他所に留まることなく凄い勢いで食べ進めて行く勇人。
それもそのはずで、数日前から楽しみにしていたこと。バイトと言うこともあり、夜まで飲まず食わずでお腹が空いていたこと。そこに加えてこの豪華な献立。
これが慌てずに食べられる程、勇人には色々と余裕がなかった。