恋は別腹
side 浅沼一等
2月14日。俺は、まこと先輩に呼ばれていつものパーラークラウンに来ていた。
バレンタインデー当日のこの日に呼び出されたと言う事は、そういう事なのかと密かに期待していたりする。
「やっぱり、そう言う事なのかな?」
席に座り、周りを見渡すと男性も女性もその手にはデパートに入っている高級菓子の紙袋を持っている。これからあげる人や、もう貰った人など様々だ。
それを見ると余計に期待が高まってしまう。
ましてやまこと先輩とは先輩の誕生日以来の再会。久しぶりの呼び出しがバレンタイン当日。意味深過ぎる。
期待をするな!と言う方が無理と言うものだ。ソワソワしてしまう。
もしも告白とかそんな感じだったら?
嬉しい半面、男としては少し情けない気がする。いや、それでも嬉しいが勝つだろうな。
「まこと先輩、まだかな?」
今日は無情にも学校があった。しかもフルで。更にまこと先輩とは学校が違う。その上、まこと先輩は受験生。三学期に入り、追い込みの時期になり益々会うことは難しかった。
クラウンには頻繁とは言わないが、もしかしたらと期待して学校帰りに寄ったりしているが、受験勉強優先なのか会えていない。
「浅沼ちゃーん!」
16時の約束を少し過ぎた頃、まこと先輩の呼ぶ声が遠くの方から聞こえて来てその方向へ振り向く。すると笑顔で手を振るまこと先輩がこちらに向かっているのが見えた。
「まこと先輩!」
2ヶ月振りのまこと先輩に俺は喜びを爆発させた。
勿論、ただ喜んでいる訳では無い。まこと先輩の手荷物もしっかり確認する事は怠らない。チラッと見えるのは、小さな紙袋だ。もしかしたらそれに、ブツが?
「ごめん、遅れて」
「いえ、僕も学校があったので」
まこと先輩は謝りながら俺の前に腰掛ける。メニュー表を見て、適当にホットコーヒーとチョコレートケーキを頼むのをボーッと見届けていた。
「ちょっと先生に捕まっちまってさ」
そう言うまこと先輩はバツが悪そうな顔で、成績の事で説教されていたと呟いた。
受験生のまこと先輩だけど、決して頭がいいとは言い難く、この時期でもヤバいらしい。そんな事もあり、まこと先輩と会うのは控えていた。
決して自分からは連絡はせず、誘わない様に気を使っていた。
「受験、大変そうですね」
「あはは、頭が良ければこんなに苦労は無かったんだろうけどな」
「そんな事は無いですよ!受験はみんな辛いものです」
「浅沼ちゃんでも?」
「ええ、それなりにキツかったです」
俺はまだ中学二年生だけれど、受験の経験をしていた。まこと先輩の苦労は多少なりとも分かってあげられる立場にある。力にもなってあげられる。
だからと言う訳では無いけれど、ここ半年はまこと先輩の為に何かと尽くして来たし、好かれる為に努力を重ねてきた。
「僕に出来ることがあれば遠慮なく言ってくださいね」
「浅沼ちゃん、ありがとう。あ、そうだ!呼び出した理由なんだけど……」
今日の日付で大体予想は着いたと思うけどと言いながら、まこと先輩は先程チラッと見えていた小さな紙袋を手にした。
やっぱりこれは俺のための物だったんだ。
「日頃のお礼と、この前の誕生日にいっぱい奢って貰ったから。これ、手作りの生チョコ。お口に合うと良いんだけど……」
「まこと先輩、ありがとうございます!」
まこと先輩の手作り。バレンタインのチョコが貰えるなんて。そんな日が来るなんて。
でも、このチョコに深い意味は無いんだな。本命とか、好きとか、そう言うことでは無いと知ると分かっていた事だけど、少し残念だ。
貰えただけでも良しとしないとな。
まこと先輩のタイプは年上って知っているし、俺は弟みたいと思われているのは現状維持か。
「うさぎと一緒に作ったんだ」
「じゃあ今頃は衛先輩と一緒なんですね」
「いや、受験終わるまで会えないって凹んでたから直接の手渡しは無さそうだな」
「衛先輩も受験生ですもんね」
恋人同士でも大切なイベントには会えない事もある。それを知った俺は、恋人では無くても好きな相手と会えるのは幸運なんだと思えた。
「うーん、久しぶりのシャバの空気」
「ジャバって、大袈裟ですよ」
「当たり前だけどさ、勉強ばっかで息が詰まる毎日だったんだよ。浅沼ちゃんに癒される」
「僕は受験関係ないですからね。思う存分癒されて下さい!」
何ならそのまま彼氏にして下さい!
そんな事は当然言えないが、俺も久しぶりのまこと先輩に心が潤うのを感じた。
告白して振られて今の関係が壊れるくらいなら、何もせずこのままの距離感もいいなと思えたバレンタインデーだった。