影おくり
「はぁ〜、またか……」
月影の騎士は、目覚めたと同時に大きなため息をついた。
頭を抱え、呆れているが、至って冷静にこの場を、自身が置かれた状況を分析し始めた。
「また、衛の精神状態か?」
月影の騎士と言う存在は言わば地場衛の影の存在。彼が、彼さえしっかりとうさぎを想っていれば現れることは無い。
しかし、厄介な事に衛はうさぎに対して素直になれない部分があるらしい。しかも恋愛下手で女心が分からないと言うオプション付きだ。
月影の騎士は存在しないに越したことはない。元々存在しないものだったのだ。それが、衛が記憶喪失になりながらもうさぎを助けたいとの想いを残したから。その想いが継続する限り、衛に何かあったならこうして具現化する事になる。
「〜〜〜と、その衛は何処だ?」
今までの経験から衛は月影の騎士の近くに存在していた。
二度目にこの世に舞い戻ってきた時も、ベットの近くで睨みつけていた。今回も衛が近くにいると思っていたが、声をかけられていない。
すっかり自分の置かれている状況に考えを巡らせていて衛の事まで気が回っていなかった。漸く考え及び、衛を探そうと今まで寝ていたベットを降りた。
「衛、いるか?」
前回の事もあり、今いる場所は衛の家だと家具や間取りを見て悟った。
衛の家も長期滞在していたとあり、勝手知ったる場所。あちこち衛を探して回るが、何処にも姿が見当たらない。
「いないのか。どこかに出かけたのかもしれないな」
ふと気づけばまだ外は明るい。どこかに出かけた可能性が高い。
そもそもずっと家にいる必要も無い。学生であれば学校、社会人であれば職場に行くのが当たり前だと言う知識は月影の騎士とてある。
月影の騎士は衛の思念体。故に衛が持ってる知識や体力はコピーされている。
とは言え、今どういう状況であるか?衛がどこにいて何をしているか?そしてうさぎはどうしているのか?そこら辺の状況把握能力はない。
「仕方がない。帰りを待つか」
迂闊に動くことが出来ず、月影の騎士は衛の帰りを待とうと考えた。
しかし、待てど暮らせど衛は一向に帰ってこない。やがて夜も深まったが、衛は帰ってくる気配すら無い。
「帰ってこないな……」
単純に困惑した。こんな事など今まで無かったので、戸惑いを隠せない。
衛はいつも月影の騎士のそばにいた。いることが当たり前だった。当たり前だと思っていた。
しかし、衛はこの家に帰ってこない。
「そう言えば前と比べると荷物が少ないな」
気のせいかもしれないが、元々殺風景で荷物が少ない家だったが、もっと片付いているような気がした。
「ここは、衛の家……でいいんだよな?」
一人孤独に家にいると不安が押し寄せてきた。
まさか他人の家に現れたのかとも考えが及んだが、それは要らぬ心配で。間取りも家具の仕様も前に見たものと同じだ。
それに何より、そこかしこにうさぎの気配が存在している。衛の家で飲む用のマグカップ。うさぎ柄のスリッパ、ブランケット。そして挙句の果てにはツーショット写真。
「ふふ、うさぎとは順調そうだな」
以前にはなかったうさぎがそこに存在すると言う形跡の数々に笑みが自然と漏れる。単純に嬉しい。
安心したと同時に、疑問も湧き上がってきた。
うさぎと順調であるのならば、何故またこうして具現化する事になったのだろうか?
そもそもあれからどれだけの時が経ったのだろう。
衛は一体今どこで何をしているのだろうか?
うさぎは今どうしているのか?
衛が帰ってこないこと、いないことで逆に色々と不安が膨れ上がってきた。
「うさぎ!……そうだ、うさぎに会えば!」
そこまで考えたが、うさぎに関する情報量が薄い。。
どこに住んでいるか。何をしているのか。
分かっていることと言えば、衛の事が死ぬ程好きだという事実のみ。
「クソッ」
そうだ。うさぎは真っ直ぐ衛に愛を注いでいた。きっと今も。そしてこれからもそれは変わらず普遍的なものだろう。
なのに衛は、衛の心はフラフラと不器用にしか愛せない。
今も衛がいないことで泣いているかもしれない。
だからこそこうして月影の騎士として現れたのだろう。
いつも衛はうさぎを泣かす。不安にさせる。真っ直ぐな愛を返せない。そう考えると無性に腹が立ち、苛立ちを隠さずその場で拳を叩きつけた。
「うさぎに会いたい……」
月影の騎士は衛のうさぎを想う心が具現化した思念体。
衛に腹を立てつつも、やはり心の中から湧き上がるうさぎへの想いは募っていく。
月影の騎士の存在理由、それ即ちうさぎへの愛そのものだから。
しかし、その想いとは裏腹にうさぎの居所が分からない。途方に暮れる。
どうしたら会えるのか分からない。正に八方塞がり。
いや、うさぎは戦士だ。もし、戦いがあったならまた会うこともあるだろう。
「はぁ〜、疲れた」
目覚めた時からずっと考えて思考を働かせていたから疲れてしまい、意識を手放した。
うさぎとはすぐに会える。そんな予感を胸に深い眠りへと誘われた。