夢幻泡影


そしてその日は案外早く訪れる事になった。
例によって衛が夢にうなされていた夜中に戦いが勃発しているのを感じ取った私はすかさずその場へと馳せ参じた。

「きゃぁぁぁっ」

シュッ!!!

「この、白い薔薇は……」

ピンチのセーラー戦士の目の前に白い薔薇が地面に突き刺さる。

「今宵は愛を語るに相応しい。セーラームーンを傷つける奴は、誰であろうと容赦はしない!月影の騎士、参上!」
「月影の……騎士様!?」

ピンチになり苦戦していたセーラームーンを助け、ホッとする。
セーラームーンを見ると驚きを隠せない顔をしているが、助かり安心していた。
久しぶりの愛しいセーラームーンの姿に駆け寄り、抱きしめたい気持ちになった。
しかし、ここは戦場。一先ず敵を倒さなければ話は進まない。

「今だ、セーラームーン!トドメを」
「はい!ムーンプリンセスハレーション!」

セーラームーンの必殺技で敵は倒す事が出来た。

「月影の騎士様、一体……どうして?」

あの時、地場衛と一体となった事を見届けていたのだから当然の疑問だ。
私とてずっと疑問に陥り頭の上にはクエスチョンマークが絶えず浮かんでいるのだから。
そして彼女は私が地場衛が月野うさぎを愛しく想い、助けたいと思っている魂だと言うことも私自身が話したので覚えているだろう。

「まさか、タキシード仮面様、まもちゃんに何かあったのですか?」

別れを告げられていてもなおセーラームーンは地場衛の事を心配している。何て心優しい女の子なんだ。なのに地場衛は……。
……って“まもちゃん”?まもちゃんと呼ばれているのか?セーラームーンらしい、可愛らしい愛称だ。

「久しぶりだな、セーラームーン。何処から話そうか?」
「まもちゃんは無事なのですか?」

やはり地場衛の安否が気になるのか?月野うさぎにとって地場衛はそれ程大切な存在と言う事が心配する口調と顔に現れている。

「大丈夫、地場衛は無事だ。心配いらないよ」
「……良かった」

優しく無事である事を伝えるとホッとして、そこで漸く笑顔が戻った。

「でも、どうして月影の騎士様がここに?」
「私も原因は分からない……」

顔を横に振り、暗い顔で答える。

「セーラームーン、君は大丈夫か?」
「ええ、この通りピンピンしてます!」

飛び跳ねたり回ったりして自身の身体が何ともない事をアピールしてくれた。しかし、私が聞きたかったのはそう言うことでは無い。天然ボケなセーラームーンに微笑ましくなる。

「いや、そうでは無い」

不思議そうな顔でこちらを見る。

「確かに身体もだが、セーラームーン、君の心を心配しているのだ」
「私の、心……?」
「そうだ、地場衛から別れたと聞いている」

“別れ”と言う言葉を聞いた彼女は顔を曇らせ、途端に沈んでしまった。
聞いてはいけない事を聞いたのだろうとは思うが、彼女の気持ちも聞いておかなければ私が成仏できそうにない。

「……一方的に絶交宣言されて、驚きました」

少しずつ彼女は言葉を絞り出し、説明し始めた。

「虫の居所が悪かったのかな?とか、何か私が悪い事気に触る事しちゃったのかな?とか色々考えたんです。けど、分かんなくて……」

段々声が震えてきているのが分かった。別れを告げられた時のことを思い出し、泣きそうになっているのだろう。

「でも、戦いがあれば助けに来てくれたり、偶然街角であったりして……」

とうとう大粒の涙が静かに頬を伝う。

「あ、れ?おか、しい……な。泣かないって決めたのに……」

彼女自身も我慢しようとしていたのか、頬を伝う涙に驚いていた。

「我慢しなくてもいい。泣きたい時は泣けばいい」

そう言って泣いているセーラームーンを迷わず抱き寄せた。
驚いたセーラームーンは慌てて離れようとしたが、尚もきつく抱き寄せる。

「私は地場衛の分身だ。遠慮はいらない。私の胸で泣くが良い」
「月影の、騎士様……うっうぇぇん」

私が地場衛の分身と聞き、安心して堪えていた涙を止めどなく流し続けるセーラームーン。
彼女の止まらない涙を見ると、どれだけ傷つき、どれだけ辛い日々を送っていたのか、痛い程伝わって来た。
夢を見せた謎の声とそれに惑わされ別れる決意をした地場衛が益々許せない。

「セーラームーン、君は今でも地場衛が好きか?」

思う存分泣いて、泣き止み落ち着いたタイミングで気持ちを確かめる。この泣きようで答えは明白だったが、確かめる必要があった。

「はい、まもちゃんが大好きです!どんなに酷いことをされても嫌いになんてなれない」
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「月影の、騎士……様?」
「私は地場衛の君を守りたいとの想いから出来た分身。どれだけ君に酷い態度を取っていても根底では君を守りたいと思っているからこそ私が存在する。きっと地場衛としても本当は君を守りたいと思っているのだと思う」
「何か、知っているのですか?」
「私が言えるのはそこまでだ。その先は、いつか必ず本人から語られる日が来るだろう。……愛している、セーラームーン。いや、うさぎ」
「月影の騎士様……」

熱い視線とぶつかった。
ホッとしたのか、セーラームーンは目をつぶって唇を出てきた。素顔を隠す為に覆い隠していた口元の布をとる。少しだけ罪悪感は芽生えたものの、愛する人からのストレートな愛情表現に断る、しないと言う理由が無かったから、彼女の唇を頂いた。
直接唇で彼女の唇に触れると、今までの感情が一気に溢れて来て止まらない。衝撃が身体を走る。柔らかい唇を堪能する。
これが彼女の唇。そしてキス。甘美な味がする。

「うさこ!」

呼ばれてハッとなり、お互い離れると声の方向に顔を向ける。
そこにはタキシード仮面姿の地場衛がいた。

「タキシード仮面様!」
「うさこ!」

またうさぎの名を呼びながらセーラームーンに駆け寄り、そのまま抱きしめた。
いつから居て、何処から見ていたのかは知らないが、私とセーラームーンが長く熱いキスをしているのを見て嫉妬したのは一目瞭然の結果だった。

「うさこ、今まですまない」
「まもちゃん……」

2人は見つめ合い、唇を重ね合わせた。
まるで私との事を上書きするかのように、長いキスだった。……やれやれ、我ながら嫉妬深い。

「きゃぁ」

キスを終えた彼女は短く悲鳴を上げた。

「うさこ、どうしたんだ?」
「まもちゃんが私と別れる事になった理由って、私がまもちゃんといると世界が崩壊して私が不幸になるって言われたからじゃない?」
「あ、ああ……そう、だけど……何故?」
「キスから映像が伝わって来たの」
「そうか」

無意識の中にいるからか、唇から地場衛が見ていた夢が伝わって来たようだ。

「私は死んだりなんかしないよ!この世界もまもちゃんもみんなも、大好きな人全員守るよ!」
「うさこ……」
「2人で乗り越えようよ!まもちゃんと一緒に乗り越えたいよ」
「しかし……」
「何を迷っているのだ、地場衛!素直になれ!」

尚も迷い戸惑っている地場衛にイライラが隠せず、つい、口を挟んでしまった。
仕方がないだろう。仲直りして、元鞘に戻ってもらわなければ私も成仏できないのだから。千載一遇のチャンスをみすみす逃したくは無い。
セーラームーンにもキス出来たのだから、私はこの幸福な気持ちのまま天に召されたい。

「今ここで再び愛し合わなければ私は消えないぞ!」

半分脅しに近い後押しをする。

「うさこ……愛している」
「まもちゃん……私もまもちゃんが、大好きよ!」

再び口付けを交わしている2人。
それを見届けながら自身を見ると透けてきていた。
どうやら2人が分かり合えて元の恋人に戻ったから私の役目は終えたようだ。

「ありがとうございました、月影の騎士様!」
「迷惑かけたな、月影の騎士」

キスを終えた2人は私が消えかけていることに気づき、例を言ってきた。

「私の幸せは2人がいつまでも幸せに愛し合っている事だ。君たちの 永遠(とわ)の愛こそ 我が幸(さち)だ アデュー」

無事、2人の幸せを見届けた私は地場衛の中へと戻って行った。
クイーン、無事2人を元の鞘に戻しました。
ありがとうございました。
もう二度とこの様な事がないように祈るばかりだ。



おわり

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