夢幻泡影


「一体何故またこんな事に……」

そう呟いたのは月影の騎士その人だった。
驚きを隠せないでいるのも無理は無い。
彼は本体である地場衛が月野うさぎへの想いを思い出したことをきっかけに地場衛の中へと戻って行ったのだ。
それなのに何故かまた分離してしまったようで、月影の騎士として存在している。
衛がうさぎを愛する限りは安泰で出てくる事もない。そう思っていた。
また再び出てくる事になるとすれば、それは衛とうさぎに何かあった時だからだ。

「まさか……?」

また衛がうさぎを忘れてしまったのか?
最悪の事態が頭を過る。
そんな事態などあっては行けないがそう考えるのが妥当だろう。
そうと推測したからには今の衛の現状がどうなっているのか、うさぎがどんな辛い位置にいるのかを把握する必要が出て来た。
そして今自分の置かれている状況、どこにいるかも分からない。

「ここは……どこだ?」

前の時はセーラームーンがピンチになればその場に直接飛ばされる形になっていた。
しかし、今回は戦いの場では無い様だ。
一体、どういう事なのだろうか?
前とは状況が違うということか?
建物の中にいるということだけは伺い知れる。
とりあえず外に出ようと考えた。
でないと何も分からないし、始まらないと思った。

「ここは……まさか?」

広い建物を迷いながらやっとの思いで外に出るとそこは誰もいない静寂の空間。
そう言えば建物の中をさ迷っている時でさえも人は愚か、生き物その物とすれ違わなかった。
必死に出口を探していたから今になって気づいてゾッとする。
いや、たまたま誰もいないルートを通ったのかもしれないし、そもそも誰もいない建物だったのだろう。
しかし、外に出ても人のいる気配どころか全く見覚えの無い場所だった。
そして出て来た建物を見ると宮殿のようで、とても大きい。
どうりで外に出るのに時間がかかったわけだ。

そして少しずつ記憶からこの宮殿に見覚えがある事に気が付く。
確実に何度も見た事がある。……どこだ?
考えながら宮殿のバルコニーら辺を見ていると人影の様な物が浮かび上がってきた。一体、誰だ?

「ここは月です」

人影が言葉を発して来た。その言葉に驚く。月にいる、だと?

「あなたは一体……?」

最初はボヤけていた形も見慣れてきたのか形になり、認識出来るようになって来た。
遠くからでも分かる髪の毛をツインにして、お団子で纏めている。……プリンセス・セレニティか?
いや、彼女であるはずが無い。月野うさぎとして生まれ変わっているのだから。

「私はクイーン・セレニティ。プリンセス・セレニティの母です」
「あなたが、プリンセス・セレニティのお母上?お初にお目にかかります。会えて光栄です。私は月影の騎士と申します。エンディミオンの生まれ変わりの地場衛の中にあるプリンセスを愛し、守りたいと言う想いから出来たものです」

クイーン・セレニティ?とっくに死んだはずでは?話が出来ている。一体、どういう事だ?
とりあえず驚きながらも自己紹介を簡単にする。

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。さぞ驚かれた事でしょう」
「お気遣いありがとうございます」

月に居てクイーンと双方向で話せていることも勿論驚きではあるが、何よりもまた自分自身がこうして本体と分離して存在していることの方が驚きだ。

「安心してください。ここはあなたの夢の中です」
「何故夢で月に来てあなたと話しているのでしょうか?」

夢の中と言われ、一安心する。
しかし何故夢で月に来ているのだろうか?

「月影の騎士よ、あなたはエンディミオンの生まれ変わりの思念体。エンディミオンの潜在意識で生きたいと願っていたからでは無いかと思います」
「なるほど、そこでクイーンとお会いしたいと思っていたからあなたが現れたと言う事ですね?」
「その様です」

にっこりと、かつてエンディミオンだった本体の俺が心奪われたプリンセス・セレニティと同じ笑顔で説明をしてくれ、とてもホッとした。
しかし、プリンセス・セレニティとは違い、聡明でどこか落ち着いた雰囲気をまとっている。圧倒的オーラだ。

クイーンに言われた様に確かに思い当たる節があった。
前世ではほとんど月へ行くことが許されず、悔しい思いをしていた。行ってみたい、行けたらと思っていた。
クイーンが出て来たのは、うさぎからクイーンが銀水晶で同じ地球(くに)に転生させてくれたことを聞いていて、感謝の気持ちを伝えたいと思っていたからでは無いかと推測できる。
しかし、何故本体では無くただの思念体の俺なのか?やはり衛に何か心の変化をがあり、うさぎと何かあったのだろうか?

「クイーン、衛とうさぎは……?」
「生きています。しかし……」

少し間があり、クイーンの顔が曇る。その沈黙が不安を煽る。やはり、そう言う事なのだろうか?

「エンディミオン、即ち地場衛の心に何らかの変化があったようです」
「それはどういったことでしょうか?」
「それは私にも分かりません」

首を大きく左右に振り、さっき以上にクイーンの顔が曇り、不安が大きくなる。クイーンも分からないと言う事か?

「あなた自身で確かめる他ないでしょう……」

月影の騎士として夢を見ているということは、月影の騎士としての本体も現実世界に存在しているという事。目覚めて自分で探るしかないのか?
しかし、一体どこで目覚めるのか、それが怖い。

「そろそろ時間のようですね。月影の騎士よ、2人を頼みます」
「ありがとうございました、クイーン」

徐々のお礼を言うとクイーンの姿は消えてしまった。
暫く放心状態でクイーンがいた場所を眺めていたが、段々と全体的にボヤけて消えかけていた。
と言う事はそろそろ本体の目覚めが近いという事かと無意識下で悟っていた。

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