遠い日の少年
母の不安と心配とは裏腹に、当の本人である衛は五月人形が飾られたその日、またあの夢を見られることを子供心に楽しみにしていた。
やはり前世の記憶の話、甲冑に惹かれつつも相反して嫌いと思うと同じで、この時期にしか見られない夢があった。
五月人形を飾り、仕舞い込むまでの3週間位の期間限定で見る不思議な夢。
その夢を今度こそ解明したいと幼心に思い、母親に部屋に飾って欲しいとお願いしていた。
そしてその日の夜、案の定この時期だけ見る夢をまた見る事になった。
「……月から見たらこの星はどんな風に見えるんだ?」
「ーー青い水晶球の様に見えるわ」
甲冑を纏った短髪黒髪がよく似合っているとても端正な顔立ちの男の人と、ガラスのように綺麗なドレスを着ている額に三日月の印を持つたんこぶの様な頭から垂れ下がる銀に光るとても長い髪の毛の女性。
恋人同士に見える2人だが、笑顔がどこか寂しそうで幸せかどうか伝わって来ない。
会話も凡そ現実味が帯びておらず、ピンと来ない。
“月”とか“この星”とか言っている。
違う星の2人って事だろうか?
まだ6歳にも満たない衛にとっては色々な事が想像や思考の範疇を超えるファンタジーな夢の内容ーー。
でも、確実に何故だかとても懐かしいとどこかで感じていた。
しかし、衛自身はまだ5歳。
夢の中の2人はどう見ても子供なんかじゃなく、成熟した大人。
第一、こんな端正な顔立ちの男の人などあったこともなければ、知り合いでも無い。
勿論、額に三日月のある銀髪の女性も分からない。
でも懐かしさに胸が苦しくなる。
まだ小さい衛にとっては理解し難い感情。
夢の中の出来事に成長と能力が追いつかず、戸惑う。
“この2人は一体誰なんだろう?”
“どこで話しているのだろう?”
“どうしてこんな夢を繰り返し見るのだろう?”
何かのメッセージなのか?
どうしてこの時期にしか見ないのか?
考えれば考える程に答えは遠ざかる。そんな気がして哀しくなる。
それもそのはず、まだ幼い衛には理解できないことばかりだろう。
前世の記憶を母親に色々話すものの、それがよく見る夢と同じだとは分からなくて当然。
点と点が線として繋がるはずもなく、点は点のままで日々が過ぎていく。
甲冑が好きだが、切なくなり嫌いになる事も前世の記憶と夢の中と関係があるなど、5歳の衛にはまだまだ理解出来ることではなかった。
そして何故、まだまだ小さなうさぎの事が好きで、こんなにも惹かれて離したくないとか、結婚したいと思うのかもまた衛には全く分からなかった。
分からないまままた今年も繰り返し同じ夢を見続け、甲冑を見ては切なくなる日々を端午の節句の期間ずっと送る事になる。
☆☆☆☆☆
ゴールデンウィーク幕開けの初日、多忙な父親も長期的に休みを取り、衛の為に鯉のぼりを設置してあげる。
「衛、鯉が昇ったぞ~!」
設置が終わり、呼ばれた衛は早速鯉のぼりを見に外に出ると、そこには文字通り屋根より高い鯉のぼりが風になびき泳いでいた。
「わぁーい、鯉のぼりだ~♪パパ、ありがとう」
「どういたしまして。衛は偉いなぁ~感謝の言葉が言えて」
「えへへぇ~、僕、大きくなったら紳士になりたいんだ」
「紳士か~、衛は難しい言葉知ってるんだな!父さん感心したぞ」
「うさちゃん守ってあげたいからね!」
「そっか、衛はうさぎちゃんの事大好きなんだな」
「うん!」
普段は仕事で忙しくて中々衛と会えない為、久しぶりに父と息子でゆっくり話が出来たこの日、母親に聞いていた通りハッキリとうさぎへの想いや将来を語って聞かせるようになっていた。
子供の成長は早いーー。仕事にかまけて衛に会えない間にもうこんなにしっかりとしているのか?と置いていかれた気分になり、寂しさが募る。
ーーもっと衛との時間を増やさないともっと置いていかれるなと決意を新たにしたその時だった。
「僕が鯉のぼりだったら月までお姫様に会いに行けたのに……」
いつもの活発で明るく元気な衛の顔とは違い、少し暗く落ち着いた顔でそう一言冷たい声で呟くのを聞いた父親は度肝を抜かれ、驚いた。
そしてやはり母親と同じ様に遠くへ行ってしまうのではないかと不安に駆られる。
♪屋根より高い 鯉のぼり~
♪大きい真鯉は おとうさん~
♪小さい真鯉は 子どもたち~
♪面白そうに 泳いでる~
遠い日の記憶を想っていたかと思うと、また無邪気な子供の顔に戻り、楽しそうに“こいのぼり”の歌を歌い始めた。ーー本当に不思議な子だと思う。