遠い日の少年


「たっだいまぁ~♪」

4月中旬のある日の休日。
保育園がお休みの休日、活発で元気な男の子である衛は近所の友達や保育園で出来た友達と遊ぶ事が日課になっていた。
この日もずっと外で遊んで帰ってきた。

「おかえりなさい、衛くん。手洗い忘れずにね!」
「はぁ~い」

家に帰ると美人で優しい母親がいつも出迎えてくれる。
衛はそんな母が大好きで、言われた通り言いつけは守り、家にいる時はいつもベッタリだった。
外から帰ると決まって手洗いをするのが日課で、この日も言われた通り洗面所へと向かい、手をしっかりと綺麗に洗う。

「ママ、どこ?どこにいるの?」

麻布十番の一等地に家を構えている為、内装はとても広く、二階建てで部屋数も多い。
その為、声は聞こえるもののいつも母親がどこから叫んでいるのか分からず探すことになる。ーーまるで隠れんぼをしているようだ。
母親の元に早く行きたい、と言う思いもあるが、隠れんぼをしてるみたいになるこの状況もとても楽しくて幸せな時間でもあった。

「さぁて、ママはどこにいるでしょうか?」

そんな衛の家での遊びを熟知している母親は、わざと出て行かず今いる場所から動かずに衛を煽り、待ち構える。
それに今はこの部屋から出て行けない理由と、この部屋で見せたいものがあったため、動けなかった。

「えぇーどこだろう?……ここかな?……それともここかな?」

ドアをあちこち開けながらここでも無い、こっちでも無い……と部屋から部屋へと見て回って、中々見つけられない様子が聞こえて来る。
トントントントンと今度は階段を上がる勢いのある足音が聞こえて来た。1階は全て見尽くしたようだ。
見つかるのは時間の問題だなと思っていると案の定、がチャっと音を立ててドアが開く。

「ママ、見つけた♪」
「見つかっちゃったわ。衛くん、見つけるの上手ね!」
「えへへぇ~、それ程でもないよ。……って、ああ!五月人形だ!今年も出してくれたんだね♪ありがとう、ママ」
「あなたのリクエストで衛くんのお部屋に飾ったわよ」

五月人形が飾られてるのを目敏く気付いた衛は大はしゃぎして、目の前に移動した。
去年までは毎年リビングに飾っていたが、片付ける時に来年は自分の部屋に飾って欲しいと頼んでいたのを覚えていた母親は、リクエストに答えて衛の部屋に飾ってくれていた。

「やっぱりカッコイイなぁ~甲冑!」

物心ついた時から、何故かとても甲冑に惹かれ、気になり夢中になっていた。どうしてだかまだ5歳の衛自身にも当然分からない。
甲冑が大好きで、でも見ているととても胸が締め付けられるほど苦しくなって来て、同時に嫌いでもあった。
そして五月人形を飾る時期の間に決まって必ず見る夢がある。きっと今年もまた仕舞い込むまで見るのだろうと幼いながらも五月人形を眺めながら思っていた。
今は分からなくても、夢の中の事と甲冑に強く惹かれる意味を解明できる日がいつか来るといいな思っていた。


五月人形を買い与えた初節句のあの日から母親もまた衛の変化に気づいていた。
いつもはとても無邪気で明るく活発で元気な男の子だが、甲冑を見ると嬉しそうにするものの決まって次の瞬間にはどこか寂しそうな顔で遠くを見つめて心ここに在らずになる。
我が子であるのに違う誰かに見える瞬間があり、不安に駆られる時がある。
きっとこの子は将来、自分の知らない遠い存在となりいなくなってしまう。そんな予感が胸を過る。

そんな事を考えていると、言葉が喋れるようになった衛が不思議な事を言ってきた。

「僕は王子さまだったんだ。お姫様とまた会おうねって昔に約束したの」
「そっかー、お姫様とまた会えるといいね!」
「絶対!会えるよ!そう決まってるんだ!」

勿論、今の衛はまだ幼く、王子様でも無い。
どうしてそんな事を言い出したのか分からない。
前世の記憶なのだろうか?
小さい子が前世の記憶を話すと言うのはよくある事だと聞いてはいたが、自分の子供もそうだとは思っていない事だった為、とても驚いた。
ただ、王子様やお姫様と凡そ日本では現実味の帯びない突拍子も無い設定の御伽噺の様な話をする為、とても信じられないでいた。
しかし、半信半疑な自分とは裏腹に、成長して端午の節句の時期になるとその御伽噺は具体化して行った。

「お姫様はお空にいたんだ。僕に会うためにいつも降りてきてくれた」
「4人の仲のいい男の子がいた」
「僕のわがままで地球が死んじゃった」
「お姫様、守れなかった……」

少しずつだが、話は大きくなり、自分の所為で地球が滅び、誰も救えなかった。と途方もない話でとても信じられなかった。
ーーこの子は一体、誰なんだろう?
どんな過酷な運命を生き抜き、そして背負って生まれ変わってきたんだろう?

そして今年、近所に住んでいて仲の良かった月野さん家の一人娘のうさぎちゃんを家に連れて帰ってとんでもない事を宣言してきた。

「僕、おっきくなったらうさちゃんと結婚するからね!約束したんだ。ねぇ~、うさちゃん」
「うん♪」

子供の言うことだから勢いでその場のノリで言ってるだけで、きっとすぐに心変わりするだろうと普通なら聞き流す事だと思う。最初はそうだった。
けれど余りにしつこく、真剣な顔で何度も2人で言ってくるから聞き流せなくなり、本当にこの2人は将来本当に結婚するのかもしれない。段々とそんな気持ちにさせられた。
そしてこんなに豪語するのだからもしかしたら案外、このうさぎちゃんが約束のお姫様なんじゃないか?と仲のいい二人を見ていて迂闊にもおかしな事を考え始めた。

大人になり、色んな経験をして来たはずなのに、それを上回る程2人にはそれ以上の絆のようなそんな物を感じていた。

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