Rainy Melody
☆☆☆☆☆
車で向かう道中は何が食べたいか?や嫌いな食べ物や好きな食べ物について聞かれた。
きっとこれをヒントに適当な夕飯の場所を運転しながら探してくれているのだろうと思った。
2人で食べるならどこだって美味しいと思うから、無責任だけどどこだって良かったし、長く一緒にいたいと今までは思わなかった感情が芽生え始めて自分でもびっくりした。
そして身体の変化にも気づく。
ラブレターを貰っただけで出ていた蕁麻疹が今回全く出ていなかった。……克服出来たのかな?
抱きしめあったり、キスしたり色々急展開で出る暇がなかっただけかもしれないけれど、一先ずホッとした。
大事な場面で出ると痒くてそれどころではないし、とても不快だから。
勿論、これが原因で恋愛出来ないわけじゃないけど、やはり厄介な事には間違いはない。
「ここにしましょうか?」
駐車場に停車して彼が指さす方向を見るとレストランがあった。
このかきいれ時にあまり繁盛している様子がなく、人がまばらで空いてそうだった。
恐らくそれが一番の理由だろうと推測出来る。
「はい!」
彼とならどこでも文句なんてあるわけない。即答で返事をした。
「それじゃあ行きましょうか?」
雨はまだ降り続いている為、彼が先に出てこちらに回ってきてくれた。
エスコートされる形になり、まるでお姫様扱いされてる感じで歯痒い。
「お嬢様、お手を♪」
彼も同じ事を思ったのか、少し腰をかがめて左手を出てきた。戸惑ったけれど、こんな事中々ないから受け入れて流される事にした。
「あ、ありがとう…ございます」
礼を言うとそのまま自然な流れで手を繋がれた。
暖かい手に安心するけど、とても照れる。
照れ隠しにと参考書がどっさり入ったカバンを取ろうとした。
「そんな重いもの置いておきなさいよ!せっかくの夕飯なんだから、食べる事に集中しなさい」
母親の様に怒ってくる。
参考書に嫉妬しているのかもしれない。
いつも蔑ろにして参考書にばかり見ていてろくに相手もしていないから。
雨の中持ち運ぶのも一苦労でもあるし、素直に置いて行こうと決めた。
レストランの中に入るととても雰囲気の良い店だった。どうしてこのかきいれ時に人がまばらなのかとても不思議な程に。
案内されて向かい合って座るとメニューを渡された。
和洋折衷色んな種類にどれにしようか迷ってしまう。
「サンドイッチとかファーストフードにあるようなメニューは今日は禁止ね!」
逃げ道を封鎖されてしまった。
私のことはお見通しで頭の回転も早く、慣れている感じに感心する。
どれにしようか改めて悩んでいると彩都さんが和食セットを2人分頼んでしまった。
「しっかり食べて頭の回転良くして、栄養もしっかり取らないとね!どっちも勉強には必要な事よ!」
今度は先生みたいな口調でアドバイス。
その通りだけれど、お腹いっぱい食べると眠くなる。勉強出来ず寝てしまう事を懸念する。
それなら今のうちにと思ってハッとした。
参考書の入った鞄は置いてきてしまったことを思い出す。
こんな事今まで無いことだったから不安だし、とても手持ち無沙汰。
暫くすると注文したものが運ばれて来る。
食べる事と彼との会話に集中する事にした。
会話は専ら食事の味と塾での事、うさぎちゃん達のことだった。
衛さんと四天王は学校がそれぞれ違う為、中々会うことは無いらしい。
そこに来て全員うさぎちゃんと美奈達と付き合っている為、更に会えない。ましてや衛さんは四天王よりうさぎちゃん優先で全くあってくれないと愚痴っている。
それを聞いて仲がいいと微笑ましくなる。
「ふふふっ」
「あら?そんなにおかしい?」
「衛さんや四天王と仲良しなんだな、好きなんだなって思って……」
ついつい笑顔になって笑い声が漏れる。
彼は不服そうに不貞腐れている。
「べっつに、仲良くも好きでもないわよ!ただの腐れ縁!あの顔に見飽きたわよ!」
とか何とか言って満更でもない事は見て取れる。
「ね?誰かと喋りながら食べる食事は美味しいでしょ?」
「はい、楽しいです」
「素直でよろしい!じゃあ夏休みの間、週一回は私とこうして外食ね?決まり!拒否権は無しよ!勉強も忘れる!OK?」
「……はい、了解しました」
勉強を忘れて彼との時間を純粋に楽しんでいたら、彩都さんから思いもよらない提案をされた。
向かいに来てもらった挙句、夕飯までご馳走になり、しかも毎週外食の約束までする流れになるなんて贅沢なご褒美だった。
勉強の時間は減るけれど、積み重ねてきたものがあるから大丈夫。息抜きだって必要だもの、無理はせずにそう言う時間もこれからは大切にしていきたい。純粋にそう思えた。
しかし、ほんの一時間ほど前の私はこんな展開になるとは微塵も思っていなかった。
迎えに来てくれるだけでなく夕飯も一緒に食べる事になるなんて。しかも雷のお陰で抱きついたりキスしたり手を繋いだり。
自分の人生でこれ程までに素直になって色んなことを受け入れる日が来ようとは思ってもいなかった。
自分の変化に誰よりも私自身が驚きを隠せない。
夕飯を食べ終わり、外はすっかり雨が止んでいた。
日も暮れてすっかり暗くなっている。
最後まで責任持って送ると言って家まで送ってくれた。
「今日は色々ありがとうございました」
「良いのよ♪私が会いたかったから、しただけなんだから」
そう言って私の事をギュッと抱きしめながら「頑張ってね、おやすみ♪」と囁き彼は車に乗って帰って行った。
私は車が消えてもいつまでもいつまでも見送った。
もう見えない車の通った道をぼんやり眺めながら色んなことが一気に起きた数時間だったと改めて思い巡らした。
雨が齎した奇跡だと思った。
おわり