現世ゾイ亜美SSログ
『出張弾き語り』
「ピアノを聴かせに来たわ」
勉強に集中していると部屋のドアを開けながら彼が話しかけてきた。
入ってきた事も、足音にも気づかなかったなんて、集中しすぎにも程がある。
彼をよくよく見ると背中に大きな荷物を背負っている。
「ごめんなさい、気づかなくって。それは?」
「良いわよ。これはね、ジャーン!」
口でBGMを歌いながら彼は楽しそうにその背中に背負っているものをカバンから取り出した。
「見て、電子ピアノよ!見て欲しくて持ってきたの」
「それ、どうしたの?」
「通販で買ったのよ。ボーッとテレビ見ていたらね、やってて。すっごぉーい、安くて嬉しい。社長、もう一声!って中年の男女がやけに艶っぽくCMを繰り返しされたら何か気になり過ぎて買っちゃったのよ」
彩都さんともあろう人が、洗脳されて衝動買い。それが衝撃過ぎて言葉が出てこなかった。
「でね、電子ピアノ買えばこうして亜美の家に来て弾いて聴かせてあげられるって思って!私ってば、天才でしょ?」
「私のために、お金を……」
「安かったって言ったでしょ?だから気にしないで!私が買いたくて買ったんだから」
私の為にお金を使わせてしまったことに罪悪感に襲われたけれど、彼は買いたかったからと気を使わせないように言ってくれた。
その心遣いに単純に嬉しく思った。
「何が聴きたい?」
「リクエスト?」
「ええ」
「良いの?」
「遠慮なく」
二曲程リクエストをすると彼は、勉強しながらでもいいから耳だけこちらに向けてと言ってくれた。
勉強の邪魔はしたくないと彼なりの優しさを感じながら、彼の行為に甘えようと勉強を始めた。
けれど、彼がピアノをいざ弾き始めると勉強に集中なんて出来ない。彼が奏でるメロディがあまりに優しく、私に寄り添ってくれていて心地が良くて。勉強の片手間で聴くなんて彼のピアノに失礼しているし、音楽への冒涜。そう感じたから。
こんな気難しい勉強をしながらなんて勿体ないわ。
「私も弾けたらいいのに……」
ポツリと呟いた言葉で彩都さんは演奏を止めてしまった。
「だったら、弾いてみる?」
「え?む、無理無理無理無理!」
「どうして?これ、ガイド機能付きだから、誰でも弾けるから。それに、亜美が弾けたら連弾出来るし、楽しいと思うのよね」
以心伝心。正に今、私もそう考えていた。
だから弾けたら、なんて無謀な事を呟いてしまったの。
でも嬉しい。同じ事を思っていたこと。
連弾出来たら、きっと楽しい。
「じゃあ、教えてくれる?」
「喜んで」
おわり
20231129