Rainy Melody
夏も本番を迎えて夏休みが始まった。
と言っても塾に夏休みは無く、渡された夏期講習のカリキュラムを見るとほぼ毎日学校と同じ量の授業が用意されていた。
勿論、毎日相当量の勉強がしたい私にとっては全く問題なくて、願ったり叶ったりの授業量。とても有難いと噛み締めていた。
ただ、これを見た美奈とうさぎちゃんには凄く嫌な顔で「本当に亜美ちゃんは勉強の鬼ねぇ~」と言われて引かれたけれど。
高校3年で受験生なんだからこれ位は当たり前の事だし、何ならもっとあっても良かった、なんて思ったりもしていて。
彩都さんにも「分かっちゃいたけど、勉強バカね!私と会う時間無しね?」と半ば諦めモードで呆れられた。
意気揚々とその日の参考書やノート、筆記用具を鞄に詰め込んで塾へと向かう。
夏本番で暑いから塩分が摂取出来る飲み物の用意も抜かりはない。医者志望であるので絶対だった。
最近の夏は兎に角本当に毎日暑い。
そして天気も毎日快晴で雨も中々降らない。
熱中症で死ぬ人も毎年増えている。
水分は必須アイテムだ。
塾へと行くと高い志を持ち、それぞれ難易度が高い大学を目指す同志がいて私以上に勉学に励んでいる。それがとてもいい刺激になり、頑張れる。
クーラーが聞いた教室で集中して授業を受ける。朝から夕方まで。
授業も終わりに近づいた時、ふと窓の外を見ると雨が割と本格的に降っていることに気づく。
毎日快晴で、今朝見た天気予報でも雨が降る事は言っていなかった為、傘を持ってくる事をしなかった。
母は仕事で迎えも頼めない。
願わくば終わるまでに何とか止んで欲しい。
しかしその願いも虚しく塾が終わってもまだ普通に降っていた。
真夏は通り雨やスコールが多いのも事実。
分かっていながら傘を持ってこなかった自分が悪い。そう思う事にした。
このまま濡れて帰るか、とりあえずコンビニまで走るかと考えながら外に出る。
するとそこに思っても無い人物が現れて驚いてしまった。
「亜美、お疲れ様♪」
雨でとても鬱陶しい天気とは裏腹に彼はとても爽やかで軽快な声で私に話しかけて来た。
「ど、どうして?」
「そろそろ終わる頃だと思って。亜美って勉強以外は割と抜けてるところあるでしょ?だから傘、持ってないんじゃないかって思って」
「抜けてなんて……ない、です!」
「そう?でも、傘持ってなかったんじゃない?」
「……御明答」
「ふふふっやっぱりね!」
どうしてなの?私の事は何でもお見通しみたい。
私は彼の事、何も分かってあげられていないと言うのに……。
思い起こせば前世の時からこんな感じだったような気がする。
私が地球へと降り立つと既に雨が降っていたり、途中で雨が降ったりと雨に見舞われることが多かった。いいえ、晴れている日なんて1度も無かった。
だから晴れしかない月とは対象的に地球は雨ばかり降るのだと間違った知識をつけてしまいそうななった。
そしてその度、ゾイサイトが私に傘をかけてくれたり、正しい知識を導いてくれていた。そんな彼にいつしか憧れを抱く様になっていた。
神の掟に背いて抱いたその想いが前世であった事や小さい頃から母と同じ医者志望で勤勉に励んできたこともあり、いつしか恋愛にストッパーをかけていたのかもしれない。ーー父と母が離婚している事も要因の一つかもしれないけれど。
「私が迎えに来なかったらどうするつもりだったの?」
「取り敢えずコンビニまで走って傘を買うか、諦めて濡れて帰るかって思ってました」
「命よりも大事な参考書が濡れても良かったわけ?ふにゃふにゃになるわよ?」
正直そこまで考えていなかった為、言われて初めてハッとした。
せっかく勉強したのに濡らしたらそれこそ文字通り水の泡……。
頭には全部入れているけど、それはとても困る事だった。
色々な意味で彩都さんが来てくれて有難いと思った。
「そこまで考え及んでませんでした」
「じゃあ素直に私に送られる?ちゃんと車で来たから、濡れる心配はほとんど無いわよ?」
「……はい、よろしくお願いいたします」
「素直でよろしい!」
得意げに笑いながらさしていた傘を私にもかけてくれた。スマートにとてもこ慣れた感じで。
つまりは相合傘になった構図で、密着していてとても恥ずかしい。また蕁麻疹が出てきそう。
「お腹空かない?調度夕飯時だし、雨宿りとデートがてら食べていかない?奢ったげるから」
「そんな、何から何まで甘える訳には!」
「私が亜美と少しでも長く一緒にいたいから、って言う理由でも?嫌?」
「……いえ、嫌じゃない、です」
「ふふふっ今日は素直ね?」
言われてみれば時計は18時を過ぎていた。
いつも1人で食べながら勉強していたからたまには良いかと甘えてみる事にした。
素直になれずいつも勉強優先の罪滅ぼしと迎えに来てくれたお礼と言う名目で。
「いつもは夕食どうしてるの?1人?確かお母様は外科医で不規則でしょ?」
「近くのコンビニで適当に買うか、ファーストフード店でサンドイッチをテイクアウトか、ウーバーイーツででデリバリーして勉強しながら食べてます」
「医者志望なのに栄養偏りそうな事してるのね。勉強しながら食べてたら何処に入ったか分からないし」
「あまりお腹いっぱいになっても睡魔が襲って来て勉強の妨げになりますし、慣れてるので……」
駐車場まで同じ傘に入り、こんな会話をしていた。
傘は彼が持ってくれていて、心做しかこちらの方に傘が偏ってる気がした。
濡れないようにしてくれているのが分かり、優しい心遣いに心が暖かくなると同時に罪悪感が芽生えてくる。
私は彼に何もしてあげられていない。
そればかりか、何をどうすればいいか分からず勉強に逃げて来た。逃げの道具にしたつもりは無いけれど、結果的にそうなってしまっていた。