シンデレラ・コンプレックス
「ヒヒーン」
ひと鳴きしたペガサスは翼を広げ、バタつかせたかと思うとひらりと舞い上がる。
「では、出発しましょう」
エリオスのその言葉でペガサスは空高く舞い上がる。
その瞬間、あたしとエリオスはクリスタル・パレスの上空へと来ていて、クリスタル・トーキョーを見下ろす形になっていた。
ベスタの声を聞いた他のカルテット三人がバルコニーに出て騒いでいるのを遠目で確認しながら、あたしはエリオスと空へと度だった。
なんでだろう。いつも見慣れた風景。知っている景色。それなのに今日はどこか違って見える。綺麗。美しい。そんな印象が湧いて、胸がドキドキするの。いつもエリュシオンに行く時に見ているはずなのに。
ああ、そっか。今日はエリオスと一緒だから見慣れた都市もこんなに素敵に映るんだね。特別になるんだ。
「寒くは無いですか?」
「大丈夫だよ。エリオスは?」
「平気です。レディとくっ付いているので」
「もう、エリオスったら」
今は冬。肌寒い。だけど、そんな事なんてエリオスといられるから気になんてならない。お互い、体が触れ合っていて体温が伝わって来るから。温かいよ、エリオス。
「寒くなったら、いつでも言って」
「うん。あ、パパとママだ!」
「え?」
クリスタル・パレスの自室のバルコニーに出ていたパパとママを見つける。小さいけれど、銀色の髪と黒い髪が確認出来た。自意識過剰かもしれないけれど、見送りに出てきてくれたのかな?なんて。
エリオスは一瞬緊張の面持ちを見せ、その方向を確認するとぺこりと会釈をした。
「ふふふ」
「どうしたの?」
「律儀だなって」
「あ、いや、反射的に。挨拶、していないから」
「良いんだよ。二人とも、分かってくれているから」
「でも、それでも……」
「大丈夫!」
言葉に出してしまったあたしが悪いんだけど、パパとママに萎縮してしまったエリオスに、今はデートに集中する様に伝えた。
「あたしだけを見てよ、エリオス」
「レディ……」
エリオスの左手が、あたしの頬に触れる。大きくて温かい。安心する。
エリオスと目が合うと、その瞳にはあたしの姿が映っていて。熱い眼差しに、高揚したあたしがいた。
顔が近づいてきた。条件反射でまぶたを閉じる。ほぼ同時に、あたしの唇に優しく温かいものが触れる。エリオスの唇だと気づくのにはそう時間はかからなかった。
「はぁ〜、エリオス」
数秒後。お互いの唇を離すと、あたしは息を整えながら蒸気した顔を覚まそうとしていると不意に冷たいものが頬に止まった。
「……これは?」
「わあー、雪だ!」
目を閉じていたからボヤけていた視界。時間が経つと、段々慣れてきて、目の前を見るとヒラヒラと雪が舞い散るのが見えた。
「これが、雪……」
エリュシオンに引きこもり気味のエリオスは、雪を見た事がなかったみたいで驚きの声を上げた。
「エリュシオンは降らないの?」
「いえ、降り積もるけれど、僕は祈りの間にいることが多くて。だから、初めて本物を見たんだ」
「そっか。そうだったんだね」
「素敵だね。幻想的と言うか」
「うん、積もるともっと綺麗だよ」
「見てみたい」
「でも、これは積もらないかな」
どうしてと聞くエリオスに、粉雪だから。積もるのは牡丹雪。小粒の雪は積もらないのと説明すると、興味深く聞いてくれた。
「積もった時に又、こうしてレディと上空デートしたいな」
「あたしもエリオスとデートしたい!約束ね」
次の約束。出来ることが幸せ。嬉しい。
あたしは、右手の小指を立てて、エリオスの右手の小指に絡める。
「ゆーびきりげんまん、うっそついたーら針千本のーます!指切った!」
「これは?」
あたしの突然の行動に驚きを隠せないエリオスは、キョトンとして問いかける。やっぱり、知らないよね。
「うん、これはね?約束する時に破らない様にするおまじないなの。昔、パパやママとよくしたんだ。えへへ」
「そう、ですか?キングも」
「あ、針千本は実際飲んだりしないから、安心して。怖いよね、この歌」
あくまでも約束を破らない様にするためだと説明すると強ばっていたエリオスの顔はホッとしたのか緩んだ。
「そう、だよね。あはは」
「真に受けすぎだよ、エリオス」
そんなあたし達は、雪の降り続き益々幻想的なクリスタル・トーキョーを後にして、エリュシオンへと向い、立ち入ることも無くゴールデンキングダムを横切り、地球を一周。
文字通り、上空デートを存分に楽しんだ。
終始安全に、スローに飛んでくれたペガサスとベスタとの約束を守ろうとペガサスを操縦したエリオスのお陰であたしはとっても満足で。あたしの部屋のバルコニーまでエリオスはちゃんと送り届けてくれた。
「ベスタ〜、みんなぁ〜!ただいまぁ〜!」
大きな声で帰宅を報告。
するとベスタを始め、カルテットが全員集合して出迎えてくれた。
「お帰りなさい、プリンセス」
「ただいま、みんな!」
「では、私はこれにて失礼致します。お約束通り、無事にあなた方のプリンセスを送り届けました」
「エリオス、ありがとう。またね!」
「ええ、また必ず近々」
行きと同じで、エリオスはあたしをお姫様抱っこしてペガサスから下ろしてくれると、深々と一礼をしてペガサスに乗り、エリュシオンへと戻って行った。
ベスタは護衛が出来なかった事に文句は言ってきたけれど、幸せな顔を見られたから許すと言ってくれた。優しいセーラーカルテットに感謝だ。
護衛が無くてエリオスと二人きりの貴重な時間が出来て幸せだったなんて言ったら怒られちゃうから、言わないでおいた。
またエリオスがペガサスに乗って迎えに来てくれたらな、なんて思いながら私はいつまでもエリオスが帰って行った方向を見つめながら今日のデートに思いを馳せていた。
おわり
20240211 劇場版セーラームーンeternal後編公開日記念!
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