シンデレラ・コンプレックス
小さい頃から、いつか私だけの王子様が迎えに来てくれるんじゃないかって信じていた。
御伽噺に出てくる様な、白馬に乗って素敵な王子様があたしを迎えに来るって思っていた。
そう思うのはあたし自身もお姫様として産まれたからその想いが誰よりも、人一倍強いのかもしれない。
それにそう考えてしまうのは、パパとママを見ているから。かっこよくて紳士で、頭も良くて。誰よりもママの事が大好きで大切にしているパパ。
そんなパパを見て育って来た私は、パパみたいな王子様が理想となっていた。
過去に行って、過去のパパであるまもちゃんに会った。過去のパパも、とっても素敵で、あたしは未来の子供だって分かっていても、好きになってしまった。
まもちゃんにはうさぎがいるって分かっていたけれど、この想いは止められなくて。
だけど、それは突然やって来た。
彼は王子様では無かったけれど、この地球やまもちゃんの事無事を願い、祈っている。素敵な使命と夢を持っている人。
本当の王子様では無いけれど、彼は紛れもなくあたしの王子様で、白馬にも乗りこなす素敵な人。
未来に帰ってきてから、エリオスと再会を果たしたのは、何年も経ってからだった。
“立派なレディになるまで会わない”
そう誓いを立てたあたし。
それを守っていたわけじゃないけれど、遅れていた勉強に追われ、日々はあっという間にに過ぎ去って行った。
いつの間にかあたしは成長していて、少しずつ身長も伸びていた。
再会したエリオスもまた少し身長が伸びているみたいで、あの頃と同じくらい見上げていた。この距離感が、あたしには嬉しくて、何だか安心する。
今日はそんなエリオスとの久しぶりのデートだ。
待ち合わせの時間まではまだもう少しあるけれど、嬉しくてソワソワして、支度をしたら自室のバルコニーへと出る。
エリオスは、エリュシオンを動けない。
その代わり、いつも愛馬を迎えに送ってくれる。だから、バルコニーから今か今かと翼の生えた白い馬を、来る方向に顔を向ける。
「プリンセス、もう出られてるのですか?」
今日の護衛役のベスタが、あたしが部屋にいないことに慌てて、バルコニーへと顔を出す。
「うん、待ちきれなくて」
笑顔で振り向き答える私に、呆れ顔。
「早く出ても、ペガサスはいつも時間通りにしか来ないって分かってるでしょ?」
「それでもだよ」
はやる気持ちを、抑えきれないの。もう、あたしが直接飛んで行きたいよ。心はとっくにエリオスの元へと飛んで行っているのにな。
「早く、エリオス来ないかなぁ……」
「はいはい、お熱いことで」
「あ、ベスタ、思ってないでしょう?」
そんな会話をしていた時だった。
パッカ、パッカ、パッカ
バサッバサッバサッ
「ヒヒーン」
蹄の音と翼をはためかせている音が遠くの方から聞こえて来た。
「来たみたいですね」
音がした方向をまたもう一度見つめる。
まだペガサスは遠くて、小さな点にしか見えない。
けれど確実にペガサスが見えて、自然と笑みが零れる。
「ヒヒーン」
「ペガサス!」
段々近づいてくる翼の生えた白い馬。遠くからでも真っ白で、いつもエリオスに大切に綺麗に手入れされているのが伺える。
天馬って言われるのも頷ける。まるで天使の使い。あたしにはそう見えるの。
出会った時も、恋に落ちた瞬間も。いつだってペガサスがそこにいた。ペガサスはエリオスとあたしを繋ぐ天からの使い。
今だって、エリオスの所に連れて行ってくれる役割を果たすために来てくれたから。
「レディ、お待たせ致しました」
ペガサスの方から、するはずの無い声が聞こえて来て驚いた。その声は、聞き覚えのある今の今まで思っていたその人の声だったから。
だけど、彼が来るはずはなくて。彼は、エリュシオンから出られないはずで。ペガサスに乗っているわけなんかない。そう思っていたら、ひょこっとエリオスが顔をのぞかせた。
「ええ、エリ、オス?」
ニコッと笑ったかと思うとバルコニーまで接近したペガサスからふわりと降り立ち、跪いてあたしの右手を取っていた。
その所作は慣れたもので、流れる様に進んでいて、気づけばあたしはエリオスに手の甲に口付けをされていた。
「お迎えに上がりました。私の乙女よ」
「……エリオス、どう、して?」
「いつも貴女に来ていただいているので。御足労をおかけするわけにはいきませんから」
「エリオス」
「と言うのは建前で、本音は早く会いたくて」
「まぁ、エリオスったら」
二人だけの空気を作っていたら、後ろからベスタが咳払いをする音が聞こえてきた。
「エリオス」
気にせずあたしはエリオスの体にダイブする。両手をエリオスの背中に回して抱き締めると、抱き締め返されるかと思ったらふわりと体が浮いていた。
気づけばあたしは抱きついた表紙にエリオスからお姫様抱っこをされていた。
「わあ!」
顔を上げるとエリオスの顔が至近距離に。微笑むエリオスと触れ合いそうな距離で見つめ合う形になっていて、あたしは照れるしか無かった。
「あらぁ〜」
ベスタもその距離感と所作に驚きを隠せないようで、感嘆のため息を後ろでついていた。
エリオスがお姫様抱っこをしたのは、ドレスを着ていて自力で乗れないと思ったから手伝ってくれたのだと悟った。優しいな。いつもこの格好でペガサスに乗っているから慣れているのに。
「ではレディ、空の旅へと出かけましょう」
あたしを抱っこしたままペガサスへと跨りながらエリオスはそう言った。あたしはエリオスの前に両脚を揃えた形で乗り、手網を持ったエリオスの手の中に座る形で座らされていた。
エリオスの手の中にいるあたしは、至近距離で常に見られる形に照れて多分顔は真っ赤になっていると思う。
「はぁ〜、護衛は無理そうね」
バルコニーの地に足をつけたままのベスタは、ペガサスに乗るあたしとエリオスを見て自分の座る場所が無いと悟り、諦めの声を上げていた。
ごめんね、ベスタ。せっかくそのつもりで来てくれたのに。帰ってきたら、埋め合わせするから許してね!
「ベスタ、ごめんね!行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。ご武運を。無事のお帰りをお待ちしております」
吹っ切れたのか、左手をお腹のところで曲げて深々と一礼をして潔く見送ってくれた。
「必ず、無事に送り届けます。行って参ります」
「任せたからね、エリオス!」
ベスタから全幅の信頼を得たエリオスは、手網を握り直し、ペガサスに一振した。