戦士、ヴィーナスの誕生
『オクトーバー・サプライズ』
誕生日であるこの日、ヴィーナスは母親であるクイーンに呼ばれていた。
ドレスを来てくるように言われたヴィーナスは、小さな体に少し大きな黄色いロングドレスを身に纏う。
普段滅多に着ないドレスを着用するとプリンセスとしての自覚が少し出て来て身が引き締まる思いだった。
「ドレスはまだ気恥しいな」
普段着ないドレス姿の自分を鏡越しで見ると、気慣れていないので少し歯痒い。
自分が自分出ない様な、大人な感じの違うプリンセス・ヴィーナスがいるのでは、と言う錯覚を起こしそうになる。
「お母様のお話って何かしら?」
呼ばれた理由が分からないヴィーナスは、心当たりを模索する。
暫く鏡を見ながら考えるが、やはり分からない。
「考えるのは苦手だわ!さっさとお母様の部屋に行きましょう」
ほんの数年の人生だが、ヴィーナスは考えるより動く方が得意だと感じていた。
その為、今日が自身の誕生日であると言う事もすっかり忘れてしまっていた。
仕方が無いことかもしれない。シルバーミレニアム傘下の金星人は、1000年の長寿。そう毎年誕生日など盛大にしない。何かある節目の歳のみの祝い。
その為、幼いヴィーナスにはこの日が初めての節目の誕生祭だった。
そうとは知らず、ヴィーナスは何も分からず自室を出て女王の王座のある部屋へと向かった。
「お母様、ヴィーナスです」
ドアを数回ノックをして挨拶をする。
「ヴィーナス、お入りなさい」
「はい、失礼します」
親子と言えど、この星の女王と姫君。
忙しい女王とはほとんど会えない事もあり、上下関係がしっかりと根付いていた。
女王が座っている前に少し距離を取って跪く。そんなヴィーナスを真っ直ぐ見据えた女王は口を開く。
「ドレス、似合っているわ」
「ありがとうございます、お母様」
ヴィーナスが纏っているそのドレスは、この日の為に成長に合わせてクイーンが用意したもの。
この星のプリンセスであるヴィーナスに自覚を持って欲しいと言う理由で与えたものであった。
そして、もう一つ。ここに呼ばれた理由とも繋がることがあった。
「誕生日、おめでとうヴィーナス」
「ありがとうございます、クイーン」
女王の口からお祝いの言葉が発せられ、ヴィーナスはそこで初めて一つ歳を取った事を知った。
そして、呼ばれたのはお祝いの為。そう直感した。
「貴女をここに呼んだのは、他でもありません」
女王は、深く落ち着いた声でゆっくりとそうヴィーナスに呟く。
「貴女は10歳となりました。すくすくと成長し、立派なプリンセスとなっていますね」
女王から立派なプリンセスと言われたヴィーナスは、果たしてそうなのだろうかと疑問に思う。
自身では分からないが、周りから見るとそう見えるのかとヴィーナスなりに女王の言葉を噛み締めていた。
「そこで、そんな貴女にこちらを贈呈致します」
そう女王が言うのを合図に、配下の一人が大切そうに両手で女王からの贈呈品を運んで来た。
何だろうとそれを覗き込んだヴィーナスは、見た瞬間に驚き、興奮を隠せなくなった。
「お母様と同じ王冠!」
箱に入っていた物、それは王冠。
普通の王冠では無い。その王冠は、この星の代々の女王や王女が付けていたものだ。
勿論、ヴィーナスの母親であるクイーンも身に付けている。
そして、常々ヴィーナスはそれを見る度にクイーンに可愛い、欲しいと強請っていた。
しかし、まだ貴女には早いとはぐらかされていた。それが今漸く、ヴィーナスの手に渡ろうとしていた。
「それが相応しいプリンセスとなったと、思っています。付けてみなさい」
女王から付けるよう言われたヴィーナスは、早速手にして頭に付ける。
初めて触るそれに、ヴィーナスと言えど緊張しないわけはなく、少し震えていた。
その為、初めて付けるそれは中々上手く結えず戸惑ったが、何とか様になった。
「どう……ですか?」
「とっても、似合っていますよ」
「ありがとうございます。大切にします」
女王に褒められ、お墨付きを貰ったヴィーナスは、喜びを隠しきれず興奮していた。
「これからはずっとこれを付けてても良いのですか?」
「勿論ですよ。それは貴女だけの王冠なのですから」
「本当に、本当にありがとうございます、クイーン」
「どう致しまして」
「大切にします」
ずっと欲しくてたまらなかった王冠を貰い、元来お転婆な一面を持つヴィーナスは、クイーンの前で目いっぱいはしゃいでしまった。
緊張が解れたのだとその姿を見た女王は、微笑ましく見ていた。
「より一層、プリンセスとして励むのですよ。それと……」
「はい」
言いにくそうに女王は言葉を続けた。