レインボーチョコレートは密の味

「ただいま~」

過去に思いを馳せながら、帰宅した美奈子は母に顔を見せず自分の部屋へと一目散に駆け上がって行った。
部屋に入るとベッドに勢い良くダイブ。そのままうつ伏せで、人目もはばからず布団に口を付けて思いっきり号泣した。

「あ〜、スッキリした!」

一頻り泣き終えた美奈子は、起き上がり、何かを探し始めた。

「あった!」

手に持っていたのはAのCD。
追っかけをしていた美奈子。AのCDや円盤は全て持っていた。
殺して帰ってきてからは、辛くなるだけだと思い、聴くことも見る事も一切無く、クローゼットの奥の方へとしまい込んでいた。想い出とともに。

「これは、そーゆー事よね?久々に聴けって、神様からの思し召しって奴よ。聴いてやろうじゃない!」

気合いを入れ直し、CDをセットして再生をする。
歌詞を片手に真剣に聴こうと、美奈子は彼としっかり向き合おうと決めた。

「この歌詞って……」

歌詞は全てAが作詞していた。その事に今初めて美奈子は気付いたが、それ以上に驚いたのは、歌詞の内容だ。
殆どがラブソング。それは分かっていた。
しかし、当時中学一年生で馬鹿だった美奈子は、歌詞の意味まで理解はしておらず、ただ漠然と“いい曲だなぁ~”くらいの感覚で聴き流していた。
歌詞をじっくり読み取って行くと、それはまるで告白だった。

「これって、あたしの事じゃん!あたしへの、愛の告白……じゃない」

美奈子は愕然とした。歌詞のほぼ全てが美奈子への溢れる想いをしたためられていたからだ。
殺す直前に真実を知り、少し大人になった今の美奈子だからこそその歌詞の意味する所に気付いた。
その事に気づいてしまった美奈子は、枯れたと思っていた涙が再び流れ落ち、静かに頬を止めどなく流れて行った。

「う、ヒックッエース……」

声にならない声で、美奈子はAの名を呼びながら泣き続けた。
Aは、こんなにもセーラーヴィーナスを、前世の自分を愛していた。それなのに、気づきもせず、ただ一ファンとして舞い上がり、相手役として選ばれた事に喜び、愛された事に嬉しくなってはしゃいでいた。そんな自分が恥ずかしく思えた。

「どう、して……」

前世から恋人になりたいと幻の恋人だと言う程好きだったにも関わらず、自分の目の前に姿を現して存在をアピールしてくれなかったのだろう。
しがない末端兵士だからだろうか?
それでも、プリンセスと同じでどんな身分の人であっても、分け隔てなく接していたのにと後悔した。彼が恋人になりたいと思っていても、その存在を知らなければ、出会わなければ、恋に落ちようもない。
せめて彼が、ヴィーナスの前に現れる勇気があれば、運命が少しは変わっていたかもしれない。
どんな方向に向くかは分からないが、行動してみない事には未来なんてどうなるかは分からないのだ。

「エース……私にとってあなたは、唯一の恋人よ?」

少なくとも映画撮影のあの期間は、美奈子にとっては付き合っている。恋人だと認識していた。
抱き締められたり、キスもされた。高価な指輪もプレゼントされた。“好きだ”とも言われた。
これだけ状況証拠が揃っていて、付き合って無いとの言い逃れが出来るだろうか?いや、誰もがNOだろう。どこからどう見ても恋人同士である。
ドラマや映画で恋人を演じた二人が本当の恋人になるなんてよく聞く話だ。何ら変な事では無い。しかもここに来て、お互いに好きだった。恋人では無いと言う人がいたら、おべんちゃらだと笑うだろう。

「エース……」

こんなにも愛されていた事、そして自身も好きだった事を再認識して、美奈子は心が締め付けられる思いがした。

「君の恋は、永遠に叶わない」

死の直前に言われた言葉が蘇る。
真意は、プリンセスを守る使命に全う出来るように気持ちを軽くしてくれたと思っていた。
しかし、実は裏を返せば唯一、一瞬でも恋人になれた自分を一生忘れないで欲しいと言うAからの呪縛なのでは無いかと美奈子は思い始めた。

真実、美奈子はこの言葉のお陰でレイと屋上で迷わず姫に純血を誓えた。
と同時に、恋する事以外に大切なものがある事を知り、自分と向き合えた。

「ありがとうエース。私を愛してくれて。私も、エースが大好きよ。これから先も、ずっと……」

この切ない想いが本物の恋心かは分からない。
だけど、そんな事など今の美奈子にはどうでもいい事だった。Aと過ごした恋人としての時間。それは美奈子にとって、今となってはかけがえのないキラキラした素敵な想い出として心に残っていた。
そんな大切な時間をくれ、志半ばで死んでしまったA。彼の気持ちと共に美奈子は、彼の死を無駄にしない為にも、あの言葉に込められたメッセージを胸に、これからも過去に感傷せず未来に希望を持ち、この人生を精一杯生き抜いて行こうと心に誓った。




おわり

20230212 バレンタイン&アドニス生誕祭(小惑星アドニス命名の日)

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