レインボーチョコレートは密の味
吐息が白くなり、増々寒さを増してきた2月上旬。午後だと言うのに全く気温が上昇しないどころか、体はコートを羽織っていても凍てつくような寒い外。美奈子は学校帰りに一人、街をぶらついていた。
もうすぐバレンタイン。街を歩けば至る所にバレンタイン特集でチョコレートが並んでいた。心做しかカップルも多い。
高校一年の美奈子にはまだ恋人はいない。
その事実が余計に寒い様な気持ちにさせる。
気持ちに負けたくないと、美奈子は自分を鼓舞する。
「バレンタインデーか……私だって」
恋に恋い焦がれていた美奈子は、思春期になれば自然と彼氏の一人や二人は出来るものだと思っていた。勿論、努力しなくても出来るなんて思っていた訳では無い。それなりに努力はして来たつもりだった。
しかし、実際はどうだろうか?
彼氏どころか、闘いの日々。気づけば“男なんかお呼びじゃない!”とか発言していた。何と恐ろしく、月日は人を変えるものだ。
美人で明るくて社交的。ちょっとおバカなのは玉に瑕だが、持てない、彼氏出来ないのは正直納得出来ないでいた。
幾らプリンセスに純血を誓い、生涯をかけて守ると決めていたが、やはり女子高生なのだ。人並みに彼氏は欲しい。でも、出来ない。何故なのだろうか?
「良いわねぇ~恋人がいる人は!私だって……」
愛の女神であるはずの自分が、このイベントに参加出来ないなど考えられない。けれど、それとは裏腹に恋人は愚か、本命さえもこの数年いない始末。うら若き乙女が、聞いて呆れる。枯れ果てる。
待ち行くカップル達を羨ましい表情で見ながら、入った一件の店に、懐かしい曲が流れていた。
「この曲は……」
聞き覚えのあるメロディに、美奈子はハッとなった。
「これ、Aの曲じゃん!懐かしい~」
「本当だ!好きだったなぁ~」
同年代くらいの子だろうか。メロディを聞くや否や、友達と思しき女の子とそう話し始めた。
この曲は、確かにAこと最上エースのヒットソング。バレンタインデー近くに発売されて、彼主演のドラマと共に大ヒットを記録した曲だった。
彼はアイドルで、俳優も歌手としても活躍していて、エースベックストラックス切っての期待の新星で、事務所に推されていた。
彼と同年代の女の子のファンがいっぱいいて、今も好きでいる人がいてもおかしくは無い。
「Aが突然引退して、悲しかったなぁ……」
「売れてたのに、残念だったよね……」
「映画の撮影で大怪我して再起不能な状態って言ってたっけ?」
「あの一大プロジェクトの奴よね?相手役はオーディションで選ばれた新人だとか」
人気絶頂でAは死んでしまった。
その事実は、彼の同年代のファンの年齢に配慮され、表沙汰には大怪我をして動けなくなった為、芸能活動を終了するとあの事件の後に大きく報じられていた。
“死んだ”などと伝えれば、ショックでファンが後を追ってしまうのではないかと偉い大人達が会議を重ねて出された結果だった。
「でもまぁ、こうしてCD出したりドラマの円盤があるから繰り返し聴いたり見たりして、いつでもAには会えるしね」
「ライブにも一回行けたしぃ~」
「え?何それ、ずっるぅ~い!私、行けなかった」
「えへへぇ~」
ファンの子達の会話を近くで聞きながら、Aの曲を聴いていた美奈子は、いたたまれなくなり、にげるようにその店を出ていった。
「殺したのは、私だ……」
その事実を知らない彼女たちは悪気は無く、思い出話をしていたに過ぎなかった。
しかし、美奈子はそうは思えなかった。自分が責められているような、そんなマイナス思考へとなっていた。
今でもこうしてファンがいる。これから先も増えるかもしれない。そんな彼を、ファンと共に過ごすはずだった人生を、この手で奪った。ファンの希望を絶望へと変えてしまった。
街中で偶然出会った知らないファンの子の会話で、人気の芸能人を殺すと言う事はどういう事かをこの時美奈子は初めてその重みに触れる事となった。
「私だって、Aの事好きだったもん」
家路へと歩を早めながら、美奈子はそう口に出した。
それが恋なのか、ファンとしてなのか、まだ未熟な美奈子には答えが出せずにいた。
「そう言えばAとの出会いは、バレンタインの時期だったっけ」
ダークエージェンシーが仕向けたレインボーチョコで太ってしまった女の子たち。元に戻そうとコンパクトを使用したが、本物の脂肪と判明し、美奈子の頭は見事真っ白になり、死亡した。
そこにレインボーキャンディで痩せられると配っていたのが、何を隠そう彼だった。
一目惚れだった。一瞬で心奪われ、恋に落ちた。運命だと思った。打つ手なしの所に現れた、白馬に乗った王子様だと美奈子は感じたのだ。
それなのに、結局はこのレインボーチョコもAが仕組んだことだったと後になって点と点が線として繋がった。
「Aにチョコ、あげたかったな……」
最も、彼が甘いものが好きかは分からないが、アイドルと言う特徴上と甘いルックスから、きっと好物で、あげたら喜んで食べてくれただろう。