恋人になりたくて
side A
『恋人になりたくて』
「セーラーVと名乗るものが現れて、我々の邪魔をしてきます。部下も次々倒されて我々の陰謀を阻止してきます」
現場にいた部下からそう報告が度々入る。
聞いた事が無くて驚く。
倒す為に素性を知りたくて入手した新聞でセーラーヴィーナスだと言うことが分かった。
前世とはコスチュームは違っていたけれど、間違いなく彼女だと思った。俺には確信があった。
母星金星出身の美と戦いの女神ヴィーナス。ーー俺が恋焦がれ、恋をするはずだった愛しい人。
彼女もここに転生していたんだと嬉しかった。
今度こそ彼女と恋人になれるかもしれない。そう思った。
クンツァイト様に報告をしたけれど、前世の記憶を徐々に取り戻している俺とは違い全く覚えていない様子だった。これは嬉しい誤算だ。出し抜けると心の中で喜んだ。
惚れっぽくて移り気だった前世の性格を受け継いでいるなら今度こそ俺にもチャンスがあるかも知れない。
そう考えた俺は今度こそ認識して欲しくて、印象に残りたくてアイドル最上エースとして芸能界デビューし、怪盗エースとして君の前に現れることにした。ヴィーナスと同じ様に仮面を付けてーー。
“女の子は誰でも綺麗になれると思う。女の子がみんな綺麗になると俺も嬉しいし、手助けをしたい”
そんな想いで独自に開発した効果絶大の美容キャンディー“”レインボーキャンディーは美の女神ヴィーナスに近づけたらと思って作ったもの。
ヴィーナスに近づきたい一心だった。
一つ誤算があるとすれば今回はヴィーナスの敵になってしまったこと。
敵として本格的に対峙する前に近づいて関係を深めたくて必死だった。
そんな俺の頑張りが実ったのか、セーラーVである君と出会えた。咄嗟に声をかけた。前世で認識すらして貰えなかった悔しさから、今度は後悔のないよう行動しておきたかった。
どさくさに紛れて手まで握れて夢見心地だった。
頑張れば報われる事を実感した瞬間だった。
怪盗Aの姿はとても便利で、ピンチの彼女を助ける役割を与えてくれた。
これで彼女が俺に心を奪われてくれたらと下心が芽生える。
そして今度こそ幻の恋人なんかじゃなく、本当の恋人になれたらと心底思う。
何も覚えていないクンツァイト様を今度は出し抜いてヴィーナスと深い仲になって前世を思い出した時にぐうの音も出ない程に悔しがらせたい。
彼女もまたクンツァイト様同様前世の記憶が無かった。これもまた嬉しい誤算だった。
前世を忘れているならこっちにとっては好都合。使命を忘れて今度こそゆっくり恋愛を満喫して欲しい。そしてその相手は絶対に俺でなくてはいけない。
何度か彼女のピンチを助けて一緒に戦い、前世と同じく惚れっぽい性格の彼女の心が俺に向いているのを感じる。
嬉しい事だけど素直に喜べないのもまた事実。何せ本当に惚れっぽいから気が気じゃない。
いつ他の男に心変わりするか分からないし、誰かに持っていかれないとも限らない。
前世の記憶が蘇ることも怖い。
それこそクンツァイト様に思い出されたら一貫の終わりだ。
願わくば何も無くこのまま彼女との仲を進展出来ればと祈る。
ハリウッド映画の恋人役オーディションに彼女を誘き寄せる。僕を好きなら必ず来る。そう確信していた。
案の定、期待通り来てくれた。
ここで一気に距離を縮めるべく彼女を合格へと導く。
「オレのコト好き?」
「すっ好きよ」
仮初の言葉でも嬉しかった。
でも分かっていた。その言葉に重みが無く信ぴょう性がないことを。
「君はいつだって本気じゃないーー恋より大切なものをいつも選んできた」
「命を懸けてAが好きよーー好きだよね?あたし」
やっぱり、好きかどうか自信が無いんだ……。
せっかく関係性を深めてクンツァイト様を出し抜いたのに、結局後一歩のところで届かない。これが俺の運命。
彼女が恋に本気を出せない理由はまだ前世の記憶を取り戻せなくとも潜在的に他に守りたい人がいるからだ。
彼女の主、プリンセス・セレニティ様も転生してるだろう。そして地球国の王子エンディミオン様も。
「ーー君の恋は永遠に叶う事はない。戦い続けろって運命なのさ」
そしてそれは俺も同じ。俺の恋も永遠に叶わない。恋焦がれ続ける運命。
恋人になりたくて足掻き続けて距離を縮めても届かない。
いつまでも君にたどり着けないまま道が終わる。それがオレの運命。
どの世界線でどんな事をしても報われない。それが分かってしまった。
でも、キス出来たから良いか?