私が知らないあなた


楽しそうな彼の顔を見るのが嫌でその場を逃げるように離れようと走り出そうとした。
その時だった。男の人の声で呼び止められ、少し期待して振り返るも和永では無い男性がそこに立っていた。
あからさまにガッカリしてしまった私に、知らない男性に話しかけられた。

「火野レイさんですよね?火川神社に行く度綺麗だなといつも見ていました。これ、良ければ貰ってください」
「……あ、ありがとうございます」

一瞬、貰わず去ろうと思ったけれど、先程の事を思い出し、腹いせに受け取る事にした。
いつもの私なら知らない男の人からのプレゼントなんて絶対受け取らないけれど、むしゃくしゃしていた為、受け取ってしまった。
男性の顔を見ると喜んでいたけれど、それ以上は何も言わずに去っていった。
私もこの場はさっさと立ち去りたかったから走りさろう。そう思った時だった。

「レイ?」

彼に気づかれてしまった。
いや、漸く私に気づいた。
だけどそれは今更の事だった。
彼の顔を見れずに火川神社へと一目散に走り去って行った。

これが数十分前の無くした記憶だった。
走りながら数十分の記憶を削ぎ落としていたみたいだった。
けれど、追ってきたであろう和永に呼ばれ、少しずつ記憶を取り戻してきた。
そして話は冒頭の元に戻る。

☆☆☆☆☆

顔も見ずに無視して走って行く私を慌てて走って追いかけてくれたのか、彼も息が荒く絶え絶えだった。

「きゅ、急に……はぁはぁ、走って行って、ど、どうしたの?」
「……何でも、無い、ですわ!」

平静を装って言ったつもりだったけれど、少し上ずってしまった。

「レイ様に一体何をしましたの?」
「いや、俺は何も……」
「お心当たりが無いと?」
「……あ、あぁ、恥ずかしい話」
「ではどうしてレイ様がこんなにも取り乱してらっしゃるというのですか?」
「そうですわ!説明して下さいません?」

頭の中が整理がつかず、言葉に詰まっていると代わりに燈と煌が和永に詰め寄ってくれていた。
自分の心の問題なだけなのに、怒ってくれている2人にも、わけも分からず怒られている和永にも少し申し訳ない気持ちになる。

「いや、俺はただバス停でレイの帰りを待っていただけで……」
「……うわ!」
「え?」
「……違いますわ!女の人数人と談笑してらしたじゃありませんか?」

思わず訂正してしまい、ハッとなった。
これでは“私は嫉妬してます”と言わんばかり……。

「あ、ああ、そうだった!今日はバイトは無いけど、レイに会いたいと思ってバス停で待ってたら高校の時の同級生にばったり会って、卒業以来だったからつい話し込んでしまって……で、気付いたらレイが帰ってきたと思ったら走って行っちゃったもんだから、慌てて走って追ってきたんだ」
「高校の同級生……」

彼が通っていた高校は共学だと知っていたけれど、親しく談笑する程の異性の友達がいるなんて思ってもいなかった。考えたくも、想像したくもなかった。
海堂さんとは違い、和永とは幼い時からの知り合いでは無いから知り合う前の事は当然全く知らない。
私の知らない彼の時間が沢山ありすぎる事に愕然となる。
彼の全ての時間を支配する事は出来ないことは頭では分かっているけれど、とても苦しかった。

「本当に同級生ですの?」
「ああ、紛れもなく!何故?」
「ええ、その……元カノやお慕いしていた方、もしくは慕われていた方では無いかと思いまして」
「無い無い。元カノでも、好きだった人でも思ってくれてたとかでも全然無いよ!」
「何故そう言い切れるのですか?」
「みんな彼氏がいたり、好きな奴がいたりしたから……じゃダメ?」
「何故私達に聞くのです?」
「信じて貰えないかと思って……。それに俺、思ってるよりモテて無かったし」

絶望して何も言えないでいる私に代わってまた燈と煌が和永に色々事情を聞き出してくれている。
聞きたくても聞きづらい、聞きたくないことを聞いてくれている。
耳を塞ぎたくなったけれど、ちゃんと過去の彼がどんなだったか聞かなきゃと恐る恐る聞いていた。
それにしても燈と煌がいてくれてとても救われる。代わりに聞いてくれるし、痒い所に手が届く良い子達だと感謝してもし足りないくらい。
前世から、そして幼い時からずっとカラスとして傍にいてくれただけある。

「もしかしてレイが駆け出して行ったのって……他の女の子と喋ってるのを見たから?」
「……ち、違いますわ!自惚れ無いで下さる?」
「でも、見てたんだろ?」
「違うって言ってるじゃない!」

強めに言ってしまった事で真実味を帯びてしまった。逆に強がっているのがバレバレになっていた。……こんなはずでは無かったのに。
強がりながらも少し泣きそうになっていた。
こんな女々しい自分自身に嫌気がさす。
気づかれたくない部分だった。

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