私が知らないあなた


部活を終えて学校から帰っていたのは覚えているのに、いつの間にか火川神社の鳥居をくぐっている事に気づいた。
息も切れている。走っていた事が伺えるけれど、何故走って帰ってきたのかも覚えていない。無意識で全く自身の行動が分からず困惑する。
こんな事は滅多に無いのに軽く記憶喪失。
どうやってここまで帰ってきたんだろう?
どうして記憶が欠落してるんだろう?

それに手に花束を抱えている事にも漸く気づく。ーーこれ、一体どうしたんだっけ?
記憶を取り戻そうと歩を進めると先に帰っていた燈と煌がとても心配そうな顔で私を見ていた。ーーそんなに今の私は酷い顔をしているのかしら?

「「レイ様!!どうされました?」」

駆け寄ってきて声をかけてくれた。
それも双子特有のシンクロ率で同時に一言一句違わぬ言葉を発して見事にハモって来た。

抜け落ちたたった数十分の記憶について考え巡らせていると、遠くの方から私の名前を呼ぶ男の人の声が聞こえてハッとした。ーー和永だ。

そのお陰で漸く記憶が少しずつ蘇って来た。

それは本の30分程前のこと。
部活を終え、バスに乗って帰っていた。
これはいつもの私のルーティーン。
ただ、同じ時間帯のバスに乗れるとは限らないけれど……。
降下予定の仙台坂上が近づきホッとして外を見ると見慣れた顔が目に飛び込んで来た。ーー和永だ。
同じ時間帯のバスに乗っても、早い時間帯でも、遅い時間でも目的地に着く時間はバス故にピッタリと言うものでも無い。
その為、彼がバス停で待っていると言う事は今まで無かった為、とても驚いた。

待ってくれていたのだろうか?
それとも人違いで似た人を見間違えたのだろうか?
それ程までに今の私の心は彼に支配されているのかと愕然となる。
恋をするとその人しか見えなくなる。
独占欲と嫉妬深くなって周りが見えなくなる。
それが分かっていたから恋はしない!
男なんてお呼びじゃない!
プリンセス・セレニティの生まれ変わりであるうさぎを護る使命が出来たから恋をしなくていい口実が出来たと思っていた。
一生戦士として生きて行く覚悟だったし、それが私らしい生き方と思ってた。

でも余りにも執拗い熱意に根負けして、前世での秘めた想いも相まってしまって付き合う事にしたのを今更になって少し後悔し始める。
期待したり、独り占めしたくなってしまうから。
恋をすると周りが見えなくなってしまう。
現に今も私の為に待ってくれているのかもしれないと期待している。そんな自分がとても嫌だった。

待っているはずないのに、いつの間にか願望が幻覚として見えてしまっているのか、まだ仙台坂上のバス停は離れているはずなのに彼がいるように見えてしまう。重症ね。
部活で疲れている事もあるかも知れない。
それこそ私の部活は弓道だから遠くを見据えて一点集中で神経を研ぎ澄ます必要がある。まだその緊張感が続いての事なのかもしれない。
待ってくれているなんて有り得ないわ。
思い上がりもいいところよ。

そんな自分勝手な思考回路を呪っていたら目的地の仙台坂上のバス停に着き、停車する。
鞄を持って椅子から立ってバスを降りながら外を確認する。
彼であるはずがない、そう思いながらその人物を確認すると彼本人だった。
まさか本当に彼だと思わず、柄にもなく嬉しくなったその時だった。
複数人の女性に囲まれ、とても楽しそうな彼の顔が目に写り喜んで話しかけようとした表情が固まる。

彼は私に全く気づいていない。
ただ単に私を待っていたのではなくて、複数人の女性と話し込んでいただけだった。
勝手に期待して喜んだ天罰が下ったのだとこの時また自分を呪う。

私には見せない、私が見た事のない笑顔で女性と話している。
その事実にとても胸が張り裂けそうになる。

分かっていたことだった。
彼は所謂イケメンで顔は美形、性格も私とは違い心が広くて優しい。女性受けする性格と顔でモテる。
楽しそうに笑う顔、知らない女性達……。
私の知らない彼の時間があることなんて海堂さんの時にとっくに学習していた。
けれどそれが嫌で恋はしない、したくないと思ったきっかけでもあった。
だからこそ彼氏はいらない、結婚はしないと誓ったのに……。

またあの時の感情に支配されそうになる。
私の知らない彼がそこにいる。
私の知らない顔で、知らない女性達と楽しそうにしている。
いつの間にか彼よりも私の方がこんなにも好きになっていたの?と愕然となる。
私は遠くからでも彼を認識出来たのに、彼は私に気付きもしない。それがとても悲しくて惨めで辛い。

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