俺の知らない彼女


「やっべぇ……寝坊した!」

意識を失ってから、次に目が覚めた時にはもう昼前になっていた。完全に失敗した。
いくら休みだからって、寝坊はダメだ。
ましてや早起きの彼女の彼氏としては失格過ぎる。
まぁ、特に会う約束はしてはいないが、彼女の誕生日に来てプレゼントは当たり前とは思っているだろうな。
クールビューティな彼女だから、そういった事にも興味は無いかもしれないけど。

「……って、メッセージで朝にお祝いに行くって書いたぞ」

律儀な己自身を呪った。死にたい。いっそ、自分で切腹でもするか?
何度も死んでは蘇ってるんだ。もう一回死んだところで痛くも痒くもない。

「落ち込んでいる場合じゃない。さっさと支度して行かねば……」

ジャニーズばりの早着替えをやってのけ、火川神社へと向かう。
スマホを見る余裕すらないまま、既読になっているか確認出来ず、火川神社前に到着する。息を整え、心臓を落ち着かせる。

「よし、いざ出陣!」

意気込んで鳥居を潜ると、愛しい彼女が目に飛び込ん出来た。
嗚呼、美しい。俺の彼女は、何て美しいんだ。

「レイさ……」

呼ぼうとして、止まる。
彼女一人では無かったからだ。

「誰だ、あの男は……?」

寄りにもよって、見知らぬ男に先を越されてしまったようだ。
しかもレイさんの顔見知りなのか、見た事も無い顔で笑っている。……え、笑って、る?あのクールビューティで男嫌いなレイさんが?
頭の中がパニックで、脳がゲシュタルト崩壊寸前。

あの男とはどんな関係なのだろうか?
俺とは違って落ち着いた雰囲気で、聡明そうな大人の男と言う感じに見受けられる。
クールビューティなレイさんとは俺と違ってお似合いのカップルと言う感じを醸し出している。勝てる気がしない。
寝坊したバチが当たったのだろうか?
入り込めない雰囲気に、心がチクッと痛くなる。

「レイさん!」

この男が誰だろうが、関係ない!
レイさんの今の彼氏はこの俺だ!
意を決して俺は、レイさんを読んだ。

「和永さん?」
「この人は?」
「海堂さん、ですわ」
「この人が、レイさんが話してくれた人?」
「ええ、そうよ」
「そっか。優しそうな人で、一安心したよ。お幸せに」
「ありがとう、海堂さん」

俺にはよくわからない会話を交わして、海堂と呼ばれた男は火川神社を後にした。

「レイさん、あの男とはどういう……?」

怖くなって最後まで言えずにいた。

「父の秘書だった人ですわ。兄の様に慕っていましたの」
「兄の様に……」

“慕っていた”と言う言葉が何故か引っかかった。
あんなに素敵な紳士、レイさんにとっては異性だし、恋心とかあったのでは?
臆病な俺は、それ以上聞く事が出来なかった。

「あの、誕生日おめでとうございます」

気を取り直し、メインのお祝いの言葉をかける。

「えっと、これ……」

渡したのはカサブランカ。
前世にも一度だけプレゼントを贈った事があった。
あの時は迷惑だ!と怒られたけど、半ば強引に渡すと、満更でもなさそうな顔で微笑んでいた。
それを思い出した俺は、誕生日にリベンジでカサブランカを渡したかったんだ。
だけど、もう既に彼女の手の中には同じ花が収まっていた。

「って同じのこんなにいらないか……」

どう渡そうかとか色々考えていたのに、結局惨めな渡し方になってしまった。寧ろ、渡せない。
消えてしまいたい。そう思いながら、来た方向へと踵を返して帰ろうと歩き始める。

「貰いますわ!」

クールな彼女に似つかわしくない大声で、取り乱した様に花束を慌てて取り上げる。

「貰って……くれるの?」
「ええ、当然ですわ」
「何で?」
「せっかく、選んで買って下さった物ですもの。それに……」
「それに?」
「何でも無いですわ!ありがとうございます。LINEのメッセージも」
「見て、くれてたんだね」
「ええ、遅かったから心配していたのよ?」
「ごめん、張り切りすぎて寝坊したんだ」

LINEに朝に行くと書いていたのを待ってくれていた。
心配までしてくれて、単純に嬉しかった。
カサブランカも、前世よりは喜んでくれているみたいだ。

「後、これも」
「これは?」
「開けてみて」

小さい“OSA・P”のショッパーから箱を取り出し、包装紙を開ける彼女。

「ピアス、ですの?」
「ああ、いつも同じのしてるだろ?たまには違うのもいいかと思って。小さいし、神社仕事にも支障はないと思うんだ。たまにでいいから付けてくれると嬉しいよ」
「ありがとう」

お礼を言いながら彼女は、早速付けようと今しているピアスを外し始めた。

「どう、かしら?」
「うん、すっげぇ似合ってる!」

デザインは元々彼女がしているピアスを参考に、小さめのサイズを選んだ。
ただ、色は彼女のイメージカラーでも、俺のメッセージカラーでも無い。
元々の俺の前世での名前である翡翠、ジェダイトを使ったのものの為、淡い緑色だ。
これを選んだのには、ちゃんとした理由がある。
前世名である俺を身に付けていて欲しかったし、この石で彼女を守護したかった。
勿論、これらの理由は彼女には内緒だ。

「あ、ありが……とう」

ハニカミながらも嬉しそうにお礼を言う彼女の笑顔が、今日の太陽よりも眩しかった。
クールな彼女も良いけど、やっぱり彼女は笑った顔の方素敵だ。
色々失敗したけど、嬉しそうな彼女の顔を見れた事でどうでも良くなった。

俺の知らない過去の彼女の恋愛事情は気になるところだけど、今は置いておこう。
クールな彼女が笑ってくれたのだから。
それだけで、俺は充分幸せだ。

彼女の笑顔、プライスレス!!!




おわり

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