改めてデートを


そして、母の日当日。
約束通り和永は、車で火川神社へと迎えに来た。
そこには、支度をして駐車場に花束を持ち、待っているレイの姿があった。
白い花に、白いワンピース。清楚な感じだが、珍しいチョイスだと思った。

「乗って!」
「よろしくお願い致しますわ」
「固いなぁ。じゃあ、出発進行!」

道中は、レイのナビゲーションで墓地へと向かう。
その他の会話は日常会話程度。あまり喋らないレイは、車の運転で神経を使う和永を気遣ってか。当たり障りなくと言う感じだ。
久しぶりの母親のお墓参りに、男と、それも彼氏を連れて行く。それで緊張していて、言葉少なになっているのかもしれない。
和永には、レイの心の内を知る由もなかった。

「ここかぁ……」
「ええ」

墓地に着いた2人は、尚もレイの案内で母親が眠る墓へと向かう。

「うっわぁ……でっか!」

レイの母親が眠る墓に着くと、和永はその墓石の大きさに驚き、絶句した。そして、しり込みした。
父親は政治家だと聞いていた。政治・経済に興味を持っていて、レイの父親も、付き合う前からどんな人物か、テレビや雑誌などで目にして知っていた。
経済担当大臣をしている権力者。お金は有り余るほど持っているだろうことは想像に固くはなかった。
しかし、ここまで立派な墓石となると、流石に怯む。

「お金をかければ良いって問題でもありませんわ……」

和永が驚いている顔を見て、レイは、軽蔑の言葉で罵る。
そこには、暗に彼女と父親の溝の深さや、母親への扱いを示しているようで、和永は胸が苦しくなる思いがした。
一体、どんな気持ちでいつもここに手を合わせているのかと、考えるだけで胸が痛む。

「お金をかけただけ。忙しさにかまけて、母も私も放ったらかし!罪滅ぼしのつもりなのよ」
「レイ……」

仕事で忙しくして、殆ど家には寄り付かず、病気の妻を放ったらかしにしていた事がレイには許せなかったのだろう。

「ここにも来ている様子はいつも無いし。立派なお墓を立てるより、手を合わせに来てくれる方が良いのに……」

ただお金をつぎ込んだだけ。そこに気持ちなど無い。そんな風な口振りだった。確かにそうなのだろう。
しかし、やはり、そこに愛がなければ出来ないことなのではないか?と心の中で和永は思っていた。

「ママが、可哀想だわ」

そう言う人と分かって一緒になったのだろう。
しかし、幼かったレイには冷酷無慈悲の父親を待つ、病弱で可哀想な母親にしか見えず、今もそれが脳裏に焼き付いて離れなあのだろう。

「男なんて皆同じ。大っ嫌いよ!」
「レイ!」

今にも泣きそうな顔をしながら、憎しみの籠った言葉を吐き出すレイを、和永は抱きしめた。

「や、な、何するんですの?野蛮、ですわ!離して!」
「嫌だ、離さない!」
「な、何故泣いているの?」
「え?」

知らない間に、和永は涙を流していた。
レイに言われて初めて、その事に気付いた和永は驚いた。

「君が、泣いているからだよ」
「私はないてなんか……」
「心が、泣いているから」

その心の中の痛みと叫びが、痛い程伝わって来て、代わりに泣いていたのだ。

「俺が……俺が、いるから!俺は、レイに寂しい想いなんてさせないから……だから」

そんな風に、父親や男に対して嫌悪感や拒絶をしないで欲しい。そう続けようとしたが、言葉にならなかった。

「和永……さん」

その言葉を聞いたレイは、和永の胸の中で静かに涙を流して泣き始めた。
それに気づいた和永は、そっと優しく抱きしめ続けた。彼女が落ち着くまで、待とうと決意した。
普段、クールで、感情を表に出さない彼女。ここまでさらけ出してくれたことは、頼られているのかと、和永は少し、距離が縮まった気がした。

「あ、りが、とう……ざいます」
「どういたしまして!こんな胸で良ければ、いつでも貸すよ」
「……バカ!」
「さ、改めまして、挨拶しますか?いや、やっぱりそれにしても凄い墓だな。ははははははは……」
「それよりも先に、掃除、でしょ?」
「そうだった」
「全く、もう」

大きなお墓を、今までは1人で綺麗にしていたのか?そんな事を漠然と考えながら、綺麗にして行く。
立派な墓石を傷つけたりしないよう、気をつけながら掃除をするので、緊張する和永。

「よし!綺麗になった!」

線香を供え、お花を活け、存在感のありすぎる墓を前に、圧倒されながらも和永は、手を合わせる。

(レイのお母様、大東和永と申します。挨拶が遅れましたが、レイさんと御付き合いさせて頂いております。レイさんを産んで、育てて下さって、ありがとうございます。僕には勿体ないくらい、素敵な女性です。相変わらず男嫌いを拗らせておりますが、嫌われないように頑張りますので、よろしくお願い致します。勿論、寂しい想いをさせないよう、愛を注いで参ります。これから、見守って下さると嬉しいです)

大きな墓だと圧倒されつつも、手を合わせて真剣に拝んでいる和永をレイは温かい気持ちになるのを感じていた。
その横で、レイも手を合わし始めた。

(ママ、ご紹介します。恋人の大東和永さん。前に来た時に少し話したけど、この方がそうです。忍耐力があって、とっても素敵な人で、私を大切にしてくれて、私だけを見てくれる方。男の人も、信じてみようって思えた方。見守っていてね)

2人は共に墓の前に手を合わせ、お互いの事を母親に報告しあった。

「それじゃあ、デートしましょうか」
「え?いいの?」
「デートしたいって、仰ってたじゃない。てっきりそのつもりでいましたのよ」
「したい!します!」

レイからの意外な提案に、和永は驚きを隠せ無かった。
お墓参りがメインで、それがデートの全てだと思っていたから。思いがけないレイからの一言に、和永は舞い上がった。

「どこへ行こうか?行きたい所とかある?」
「貴方となら、何処へでも」

今日は、毎年一緒に来ていたというフォボスとディモスはカラスの姿でも、人間の姿でも見えなかった。
きっと、この後のデートの事を考えて、留守番するよう説得したのだろうと、和永は朝、姿が見えなかった二羽の事を思い出し、空気を読んで辞退してくれたことに、感謝した。

「それでは改めまして、デートへ出発進行!」

次はラスボス、政治家の父親への挨拶だなと思いながら、車を出した。

「ここ、私の家ですわ」

少し走らせた所で、レイがとある家を指さし、呟いた。
その方向を向いた和永は、再び、絶句して言葉を失った。

「ご、ご、ご、ご、豪邸じゃねぇか!?」

そう、その家は、正に絵に描いたような豪邸。

「流石、有名政治家……お見逸れしました」

その家を見て、何故レイがお嬢様学校へ言っているのか。和永は、一気に理解した。本物のお嬢様だからだ。
そして、益々分からなくなった。何故、自分の様な凡人と付き合ってくれるに至ったのか?
そして、先程の挨拶の件、出来る自信を消失した和永であった。




おわり

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