Summer Festival


「今度は金魚すくいやりたい!」

繊細さの欠片も無い美奈子が救えるとは到底思えない。
すぐポイの紙を破いて嘆くオチになりそうなのが予想出来るだけに金の無駄な気がする。

「すぐ破けても2度は無いからな?」
「何で破く前提で話進めてんの?酷くない?」

ギャイギャイ言い争っている横でレイさんが静かに金魚すくいをし始めたのを横目で確認した。
何と器用に涼しい顔で金魚を次々掬って行くのを美奈子との小競り合いをやめ、見入ってしまった。

「レイ、上手いな~」

和永も感心している。
美奈子も感動している。

「負けてられないわ!私たちもいっぱいすくうわよ!」
「だから、お前にすくえるのかって言ってんだよ!一匹も釣れず泣きを見ても知らんならな?」
「見てなさいよ!美奈子の華麗な金魚すくいの技を」

結局自分で金を払い、始めてしまった。
どんな腕前かと、これだけ豪語したんだからさぞ上手いのだろうと興味津々で見ていると案の定、と言うか思っていた以上に酷い有様だった。
力任せに豪快に掬ってポイを秒でダメにした。これは見ていられない。

「あーはっはっははは、美奈子、お前下手過ぎだろ?」
「笑ったわね?そんなに言うならアンタはどうなのよ!やってみなさいよ!」

和永が悲惨な状況に耐えきれず人の彼女を大爆笑でバカにしてやがる。
場所や人が多くなければ殴っていたが、俺も大人だ。TPOをわきまえて我慢してやったが、美奈子は流石に腹が立ったらしく言い返しながらシバいていた。……怖っ。

「いってぇ……金魚はすくうもんじゃない!黙って鑑賞するもんだ!」
「カッコつけて言ってるけど、ただ下手なんでしょ?」
「何とでも言え!」

減らず口の2人の喧嘩は中々終わらず、ただただ煩いだけだ。

「俺が掬ってやるから黙れ!」

低い声で凄むと2人の喧嘩は止まった。
先程まで崩壊寸前だった四天王リーダーとしての威厳を何とか保った様でホッとする。
と同時に金魚をすくうと言う試練が降りかかる。
実はこの手のものは俺自身もあまり得意とは言えない。
流石に美奈子ほどでは無いが、苦手である。
今の勢いで明らかにハードルが上がってしまったように思う。
……2、3匹掬えれば良いか。最悪救えなくともレイさんに何匹か譲って貰えるよう交渉しよう。

「えいっあぁ……」

やはりこう言う繊細なものは苦手だ。
頑張るけれど、まるで嘲笑うかのように俺の手から逃げていく金魚に若干イライラする。
イライラし出すと余計にすくえず、結局無情にも一匹もすくえずにポイは破けてしまった。

「フッ口ほどにもねぇな爆笑」
「ほぉんと、カッコつけたの何だったの?期待値爆上がりしてたのに、返して欲しいわ!」

結局保ったかと思った四天王リーダーの威厳は崩れてしまったみたいで落胆する。何故こうなったんだ?

「仕方ないだろう!こう言った類のものは苦手なんだ」
「あんなに威張り散らかしといて苦手って……」

言い争っている横で黙々とマイペースを保って金魚すくいをしているレイさんはポイを破ること無く10匹以上掬っていた。
和永と美奈子に慣れているのか2人のペースにはめられず自分を保ち、尚且つ金魚すくいをしている姿がとても羨ましく思う。修行の成果なのか?俺の修行が足りんのか……?

「あなた達、下手ね」

一段落したレイさんは涼しい顔で笑ってこちらのやり取りを見ていた。

「レイちゃんいっぱいとってる!」
「レイにこんな特技があるなんて知らなかったな……」
「精神を集中すればすくえるわ」

当たり前のように言ってきたが、精神を集中しても無理なものは無理だろう。
それを1番出来そうもない2人に言っても説得力がないと思うが……。

「このいっぱいの金魚どうするの?」
「そうねぇ、亜美にでもあげようかしら?」
「私にも頂戴!」
「あんたの家にはアルテミスがいるから無理でしょ?」
「大丈夫よ!公斗の家で金魚飼うから」
「勝手に決めるな!」
「いいじゃない!毎日世話しに行くから、ね?」
「……まぁ、それなら仕方ないな」

毎日美奈子に会える口実が出来たのは単純に嬉しかったが、面倒事が増えたのは誤算だった。
和永を見るとニヤニヤして何やら察した様な顔でこちらを見ている。
さしずめ、美奈子に甘いと思っているのだろう。別にいい。その通りだからな。

「さて、今度は綿菓子とりんご飴と明日の分の食べ物買って帰りましょ♪」

一頻り遊んだ所でまぁまぁな時間になったこともあり、満足した美奈子はデザート系やお菓子系の屋台を次々とハシゴして行く。
その度に俺はキャッシュマンと化して美奈子の代わりにお金をはらい続けていた。

「リーダー、美奈ちゃんにめっちゃ振り回されて投資させられてんのな?爆笑」
「うるせぇ」
「いやぁ、良かったわ!リーダーも普通の男で♪めっちゃ惚れてんだな!」
「お前も何か奢ってやるからこの事は他の2人には内緒だぞ!」
「俺は美奈ちゃんみたいに安くないんで!また4人でどっか食べいこうぜ」

またこいつらとWデートをしなければいけない展開になってんだ。面倒臭い提案をする奴だな。

「レイは美奈ちゃんがいたらいい顔するし、楽しそうなんだよな~悔しいけどな。お前も気づいてるだろ?」
「まぁ、そうだな」

そう、美奈子もまたレイさんといる時は楽しそうにしている。癪だが和永の言う通りだ。
俺といる時とは違う顔を見せる。悔しいが俺にはあの顔は引き出せない。

「今日はみんなありがとう♪急に付き合わせる事になっちゃって」
「いつもの事だから大丈夫よ」
「俺らも楽しかったしな!」
「じゃあ俺は美奈子を送って行くから、お前もレイさん送り届けろ!気をつけてな」
「ジジくさいな笑」

そう言ってやっと2人と別れ、美奈子を送る為に歩き出した。

「いったぁ~い!」
「どうした?」
「馴れない下駄履いてウロウロしたから靴擦れしたみたい」

浴衣姿だからおんぶするわけにはいかず、お姫様抱っこをしてやる事にした。

「うわぁ、な、な、何するのよぉ~」

突然のお姫様抱っこに驚いた美奈子は悲鳴を上げてジタバタし始めた。

「黙って抱っこされていろ!靴擦れが痛いんだろう?」
「そ、だけど……」

流石にお姫様抱っこには慣れていなかったようだが、一頻り暴れた美奈子は借りてきた猫のように大人しくなった。

「重いな」
「ひっど!りんご飴とか持ってるからよ!」
「ハハッ冗談だ」
「バカ、公斗!……お姫様抱っこ、初めてなんだからね!」

バカにバカと呼ばれるのは癪だが、その後の初めて発言に俺は喜んだ。俺も何て単純な男なんだ。

「はい、到着しましたよお姫様♪」

愛野家の前に到着した俺は、美奈子を下ろすと跪き、手の甲にキスを落とした。
俺の家へと来た時から前世でほとんど見られなかった貴重なドレス姿と色味や雰囲気がとても似ていて、自然と出た動作だった。

「あ、りが……とぉ」

やっと甘い雰囲気になれたが、同時に愛野家の前の為、普通にキスする事もはばかられた。父親がみていないとも限らない。

「明日から金魚の世話、しに行くからね!」

この前渡した俺の家のスペアキー(通称合鍵)をヒラヒラさせて見送ってくれた。

「ああ、屋台で買った広島焼き、一緒に食うか?」

俺も広島焼きの入った袋を持ち上げて答える。

「うん、待ってるね!」

今日1番の笑顔の美奈子に見送られ、満足した。

そして次の日から金魚の世話をしに俺の家に通う日々が始まった。
勿論、美奈子だから世話も一悶着以上の事をやらかすのだが……。




おわり

3/3ページ
スキ