七夕へのカウントダウン
「わぁ〜〜〜、笹の木だ!」
学校から帰り、いつものように手を洗ってリビングへ入ると、デカくて立派な笹の木が置かれていた。それを見たほたるは、大きな声で驚く。
「これ、どうしたの、はるかパパ?」
リビングのソファーに腰掛けて寛いでいるはるかに質問をする。
おかえり、ほたると言いながらはるかは笹がある経緯を説明し始めた。
「それな、レイの神社に生い茂っているからって貰ってきたんだ」
うさぎ達と同じ学校に通っているはるかとみちるは、学校でもよく会っていた。自然と時事関係の話をする事が多く、今回は七夕が近いとかうさぎの誕生日が近いとか、期末テストと言う現実が待ち構えているとか。
期末テストはスルーで、七夕の話で盛り上がった結果、レイの神社に笹の木があると美奈子からの情報で一本貰う事になった。
四人で暮らして二年の月日が経っていたが、七夕の時期は敵と戦ってばかりで、まともにこのイベントをゆっくり過ごせていない。丁度楽しんでくれる年齢のほたるがいる。
「四人で初めてゆっくり過ごす七夕になりそうだからさ」
「言われてみれば」
「良かったわね、ほたる」
ダイニングで夕飯の用意をしていたみちるが微笑みかける。
「うん!七夕、した事ないから楽しみ♪短冊と折り紙買ってこなきゃ!」
「ほたる、した事ないのか?」
「記憶にないかな?」
「私も、無いわ」
「え、みちるも?じゃあ、まさかせつなもかな?実は僕も無いんだよな」
「ええ、みんな無いの?」
ほたるの言葉に驚いたみちるだが、結局ほたるの言葉がきっかけでみちるもはるかも七夕のイベントに参加していなかった事を思い出す。
ほたるは幼い頃に父がしていた実験の事故で母を亡くし、自身はサイボーグ化して生きながらえていて普通では無い。そこに加えて父親は懲りずに実験で忙しくして構って貰えなかった。わがままは言えず、我慢している小学生時代を送っていた。
みちるはと言えば海王財閥の令嬢。幼い時から芸術の才能に長けていたため、ヴァイオリン演奏や絵画を描いて暮らしていた。
はるかは小さい頃から車やバイクに興味を持ち、レースに夢中になった。
それぞれ環境こそ違えど、普通では無い幼少期を過ごしていた。
「じゃあ、みんなにとっても七夕のイベントは初めてだね」
七夕をスルー出来る環境とは?と思ったが、心にゆとりがなければ向き合わないのかも知れない。
「ああ、これからはちゃんと出来るだけイベントはやって行こう」
「そうね、大事よね。普通に過ごす日々」
「何か、みちるママが言うと重みがあるね」
今こうして、あのまま戦士としての人生を選ばなければ出会う事すら無かった四人。それがこうして一緒に暮らして日々を共にしている。
今この幸せがあるのは壮絶な人生と戦いがあったからこそ。
これから先も敵と戦う人生は続く。何よりうさぎがクイーンとなってこの星に君臨すれば、また普通では無い生活が待ち受ける。
それが分かっているからこそ今この時の全てが尊い。出来る限りその日までは普通に暮らしたいとはるかは改めて決意を固めた。
次の日からのほたるの日課は、笹の木に毎日一つづつ短冊に願い事を書いて吊るす事になった。
ほたるが最初に短冊に書いた願い事、それはーー。
「“当日晴れて織姫と彦星が無事逢えますように”か」
吊るして欲しいとほたるから頼まれたはるかが短冊の願いを読み上げる。
自分の願い事では無いのかと疑問に思ったが、ほたるらしいとふと口角を上げた。
「何で、このお願い?」
「先ずはこれかなって。二人のための日でしょ?7月7日は雨が多いからね」
この二人の幸せを願わずして自分のお願いは書けないとほたるは考えた。
織姫と彦星は離れ離れ。唯一会える日は梅雨で雨が多い。この二人が幸せでなければ願いも叶わない。お膳立てをしようと思ったのだ。
「確かにね。いくら何でも私達にも天気はコントロール出来ないからね」
台風の技は持っているけどとせつなはおどけて言う。
「うさぎなら出来るかもしれないけれど、虹の技があるし」
「うさぎお姉ちゃんの技は、素敵だよね。虹の技で織姫と彦星を会わせてあげられたらいいね」
「ところでほたる、何してるんだい?」
短冊を書き終えたかと思ったら話しながらほたるは折り紙に集中し始めた。
「七夕の飾りを作ってるの」
「手作りで?七夕用のキットとかあるんじゃないのか?」
「そんなの分かってるけど、つまらないじゃない。一から作りたいの」
わざわざ折り紙で作るというほたるに、面倒臭いから今時であれば出来たものがあるのだからとはるかは提案するが、一蹴されてしまった。
七夕イベントに初めて参加するほたるは丁寧にやりたかったのだ。
「ほたるはね、わたしの子だから芸術肌なのよ」
そこにみちるのこの一言である。ああ、なるほどとはるかは妙に納得して反論するのはやめにした。
翌日にはほたるが作っていた飾りがせつなによってセンス良く飾られた。
「色とりどりで素敵な笹の木になったでしょう」
「願い事、叶いそうだな」
流石ほたるだと、一晩かけて作っていた飾りを見てはるかは労った。
「で、今日の願い事は書いたのか?」
「うん、これ!」
「なになに……“ずっと平和でありますように”か。確かに、これは我々にとっては切実だな」
「でしょ?敵が来ないに越したことないもんね」
戦士をしているからと言って敵と戦うことを好んでいる人は誰一人としていない。
うさぎだけでは無くはるかだって戦うことは好きでは無い。うさぎが好きだと言う共通認識の下、彼女を守るために前世からの使命を全うしているに過ぎない。
「うふふ、明日以降の願い事も楽しみね」
笹の木が家に来たその日からほたるは毎日一つづつ願い事を書いてカウントダウンするんだと宣言していた。