死への案内人として


どれだけの時間、祈っていたのだろう。
一分なのか数分か?あるいはもっとだろうか。
短い様な、それでいて長い時間、手を合わせていたように思う。まるで土萠家の中に来ていた五人だけが時が止まったような。そんな時間だった。
五人がそれぞれ顔を上げると、お墓をゆっくりと見つめた。思えばここに来てからは掃除に追われていてゆっくりと墓を見る時間を持っていなかった事に気づいた。

「ふっ、立派な墓石だな」
「流石は土萠教授といったところね」
「パパはね、ママのことをとっても大好きだったの。後悔、していたわ……」

土萠創一の、螢子を思う気持ちの大きさが墓石の大きさだとほたるは説明した。
ほたるもまた、墓石を久しぶりにまじまじと見て、感慨深くなった。
そして、立ち上がったかと思うと墓石の裏へと周りポツリと呟いた。

「やっぱり、パパの名前は無いね」

当然のことだが、あれ以来訪れる人がいなかったこともあり墓石に土萠創一の名は刻まれてはいなかった。

「遺骨もないからね」
「仕方ないな」

スーパーセーラームーンの技により殺された創一の体は木っ端微塵だった。骨一つ残っていない。

「あ、それなら大丈夫!」
「え?どーゆーこと?」
「うん、実はね……」

惨劇を見ていたはるか達から現実を突きつけられたが、ほたるは自信満々に笑顔でポシェットに手をかけながら呟いた。

「パパの遺品、持ってきたんだ」

そう言って手に取ったものを見せながらほたるは嬉しそうに言った。

「ポシェットに何が入っているのかは気になってはいたけれど」
「まさか遺品を持ってきていたなんてね」

みちるとせつなは、何日も前からこれも持っていくんだと見たこともないポシェットを笑顔で掛けていたのを不思議に思っていた。
ポシェットも恐らくは遺品なのだろう事は推測できる。

「それって、眼鏡か?」

ほたるがポシェットから取り出したものは、創一がいつも掛けていたのを眼鏡だった。

「うん、そう。パパの眼鏡。これを入れたくて」
「持っていたのね」
「跡地にみんなで行った後にもちびうさちゃんと何度か行ってね。パパとママの想い出の品を持って帰っていたの」
「そんな危険なことを……!」
「ごめんなさい」
「二人が無事だったから良かったけど」
「あ、うさぎ達も順番に付いてきてくれたから。やっぱり美奈P達も調べたかったみたいで」
「そう、まあほたるの家だから私達がとやかく言うことでもないわ」

はるか達と土萠家跡地に行った後、美奈子達切っての頼みで何度か足を運んでいた。美奈子達はその後の調査、ほたるは遺品が残っていないか探したかったから利害が一致したのだ。

「後、これも」
「これって、ほたるちゃんのアミュレット!」

ちびうさはほたるが手に持っていたものを見て驚きを隠せない様子だった。
それもそのはず。アミュレットはほたるのお守りで何より大切にしていたものだ。創一からの忘れ形見とも言える。

「もう今の私には必要ないもん。今はサターンクリスタルが私のアミュレットだから」

ほたるが持っていたアミュレットは、病弱で発作を起こした時に使用していたもの。今のほたるは健康体そのもので、確かにアミュレットなど必要としていない。

「それにね、病弱だった土萠ほたるはパパと共に死んだの」

笑顔から一転、ほたるは何かを決意した様な真剣な面持ちで言葉を発した。それはあまりにも重い事実。
確かに、あの日ほたるは消滅した。そしてサターンとして覚醒し、師・ファラオ・90を道連れにしてこの世を去った。
それを全て見ていたのは他でもないちびうさだった。そんなちびうさに全てを見届けてほしいと言う思いがあり、同行してもらったのだ。

「病弱の土萠ほたるはあの時死んだ。セーラーサターンとして覚醒する前のほたるは、螢子ママと創一パパの元へ行ったのよ。必要な死だった」

普通の土萠ほたるの魂は、本当の両親と共にいる事を選んだのだとほたるは説明した。

「だからね、今頃は家族三人仲良くやってるんじゃないかなって思うの」

パパは悪人だったからもしかしたら会えてないかもしれないけれど、と意地悪っぽい笑顔でほたるは続けた。

「だからこの二つをママの遺骨と同じ所に入れたい」
「ほたるがそうしたいというのなら、僕たちは垂れも反対しないよ」
「ええ、ほたるさえ良ければ、それでよくってよ」
「ほたるのはしたいように、後悔のない様にしていいのよ」
「ありがとう。そうするね」

にっこり笑って、ほたるは眼鏡とアミュレットを螢子のお骨が眠る場所の隣に埋めた。

「後は墓標の名前だね」

そう言いながらほたるは螢子の名が刻まれている隣の空間に手を置き、ヒーリング能力を開放する。
目を閉じて力を開放して集中しているほたるを四人は固唾をのんで見守る。
数十秒後、ほたるはゆっくりと目を開けると墓石を見て一息ついた。

「完了っと!」

裏に回った四人は、墓石を見て驚いた。
そこには土萠創一のみならず、ほたるの名前も刻まれていたのだ。

「ほたる、これ……」
「本当にこれで……」
「複雑な気分だな……」

ほたるの名前を見たはるか達は、言葉にならなかった。ほたるが望んだこととは言え、今ここで存在している人物の名が墓石に刻まれている。

「最初からそのつもりだったから、全然大丈夫!これで死への案内人としてこのお墓で出来ることは全部出来たかな。心残りはないよ」

スッキリしているほたるとは反比例して、はるか達は創一とほたるの名が刻まれた墓石を複雑な気もちで撫でていた。実感が沸かない。
名前と共に刻まれた没年を見て、更に気を引き締めた。

「この日が前のほたるの命日、か……」
「そして、今のほたるの誕生日」
「更に私達が家族になった日でもあるわね」

はるか達は次々と呟いた。四人にとって意味が色々ある一日を。

「夏の日だったから、本当のほたるになったね」

冬生まれだったのにほたると名付けられ、困惑していたが、夏に再転生した事により相応しい名前になり、嬉しくなった。

「確かに、そうだね。何で冬生まれなのにほたるだったの?」
「名前を考えてたのが夏で、その時に見に行ってたのが蛍だったって言ってたよ。この墓地のあるところ、丁度蛍の名所でよくデートしてたらしいよ」
「だからここに螢子ママのお墓を建てようってなったんだね」

ちびうさの何気ない質問に、ほたるは昔の想い出を回願する。ここは両親の想い出の地であり、蛍の名所だった。

「このポシェットはパパがママにプレゼントしてもらったものだって。貰っちゃった」
「そうだったんだ。素敵だね」

ほたるから語られる両親に、ちびうさは自身の両親と重ね、きっとお互いが大切だったのだと感じた。

「さて、帰ろうか」
「三人は、挨拶出来たの?」
「ええ、三人親代わりで大切に育てますって報告したわ」
「生まれ変わった今の私は、紛れもなくはるかパパ、みちるママ、せつなママが親だよ。親代わりなんかじゃ、ないからね!」
「ほたる」

今回のお墓参りははるか達にとっても意味があった。思いがけずほたるの心の内にある本音を聞くことが出来た。
知らなかった。ほたるが生と死をそんな風に考えていたこと。そして本当の親だと思ってくれていたこと。

「また、連れてきてね」
「勿論さ」
「螢子ママの命日に、教授とほたるの命日。それから彼岸とお盆でいいのかしら?」
「夏は月一になるから忙しいわね」
「五回は家族でお出かけ確定だね!」
「よかったね、ほたるちゃん」

こうしてほたる達の長い一日が終わった。
また来る約束をして。




おわり

20240323 お彼岸

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