Happy Swimming


そんなやり取りしていると、満足したのかみちるがひょっこり顔を出した。

「みちるママ!凄かったよ!」
「ありがとう。お待たせしちゃったわね」

どれぐらい経って、どのくらい泳いでいたのか。それとなくみちるははるかに訪ねると、なぁにほんの三十分で10往復さ!と当たり前のように答える。
日頃幾度となく付き合っているプールでの水泳で慣れているのだろう。これが二人のここでの会話。至極自然なやり取りだった。
みちるはみちるで気にしていないのか、いつもなのか動じていない。

「さて、始めましょうか?早速だけどほたる、一度好きな様に泳いでみてくれるかしら」

先ずは泳いでいる所を見て悪い所を直そうと考え、みちるはほたるに泳ぐ様に支持をする。素直に聞いたほたるはオーソドックスにクロールをして見せた。
その様子はお世辞にも綺麗とは言い難く、バタバタさせている足が何故か沈んでゆく。スピードも遅く、息継ぎもままならない。極めつけは、真っ直ぐ進んでおらず、どこに向かっているのかと質問したくなる進行方向。直すところがあり過ぎて教え甲斐があるとみちるは気合いを入れた。

「ほたる、大丈夫?」
「うん、何とか……」

とは言うものの、ほたるも馬鹿では無い。自分の泳ぎが変だと言う自覚があるだけに見られているのは恥ずかしい。

「目は開けてる?」
「怖くて、あんまり……」
「目に水は入らないから、安心して開けるといいわ。それが出来ないなら最初はゴーグルを付けるのもありね」
「……頑張ってみる!」

みちる指導のもと、ほたるは水中で目を開ける練習を始める。
水が目に入ったらどうしようと言う余計な想像力と恐怖心から目を閉じがちになっていた。それが真っ直ぐ泳げない原因になっている。

「ゆっくりでいいわよ、ほたる」

みちるの教え方は分かりやすく、そして優しい。
ほたるの目線になり、しっかり寄り添う。一緒に水中でも同じ様にやってくれる。その安心感からほたるは程なくして水中でも難なく目を開けていられるまでに上達。

「流石ほたるね。飲み込みが早いわ」
「みちるママの教え方が良いんだよ」
「まあ。褒め上手ははるか譲りかしら」
「本当の事だもん」
「あらあら。それじゃあ次は息継ぎの練習ね。ビート板を使いましょうか」
「ビート板……」

次の息継ぎの練習にビート板と聞き、ほたるの顔は見る見る曇って行く。

「どうしたの?」
「ビート板、どうしても使わなきゃ……ダメ?」
「そうね、その方が上達は早いから」
「……」
「気乗りしない様ね?」
「私にもプライドがあるもん!」

運動神経抜群のほたるは、ビート板を使うのに嫌悪感を示した。

「手段としても何も恥ずかしい事じゃないのよ?泳げても浮き輪を使用する人だっているし、ね?」

拗ね始めたほたるを優しく諭し、ほたるにやる気を戻させる。

「……分かった。ビート板、持ってやる」

渋々ながらではあったが上達する為には手段なんて選んでられない!プライド等持っていても邪魔なだけだ。
ここで必要なのは“上達”と言う単語だけ。
そう覚悟を決め、ビート板を持ったほたるは鬼に金棒。サターンに沈黙の鎌だった。
飲み込みが早いほたるはそこからメキメキと上達して行き、50メートルを難なく足もつかず息継ぎをして真っ直ぐ泳ぎ切ると言う快挙を成し遂げた。

「凄いじゃないか、ほたる!」
「本当に凄いわ!さっきまで泳げなかった子だとは思えないくらい」

みちるの指導で必死に頑張っている姿を監視員が座っている椅子で高みの見物をしていたはるかと傍で一緒に泳いでいたせつなもその上達っぷりを見て感動する。
子供の上達も成長と同じで速い。少しでも目を離すともう大人になりそうだ。置いていかれないよう寄り添おうと三人は思った。

「みちるママのお陰だよ。ありがとう、みちるママ」
「どういたしまして。ほたるの飲み込みの速さとセンスよ」

互いに褒め合う。
ふと時計を見ると、もう夕方の五時を刺していた。

「もうこんな時間!三時間も経ってるわ」
「ほたるも泳げる様になった事だし、帰りましょうか?」
「三人とも疲れたろ?今日は久々に外食しようぜ!」
「やったー♪」

夕食に向かう車の中、二時間以上泳ぐ練習をしたほたるはせつなの膝枕でスヤスヤと眠りについた。




おわり

20230814  水泳の日

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