夏休みの憂鬱


自由研究のテーマが決まらないまま、とうとう半分が過ぎてしまったある日の事。
いつもの様に新聞を読んでいたら、気になる言葉が目に入ってきた。

「火垂るの墓?どんな映画なんだろう?」

ほたるが見ていたのはテレビ欄。
夜9時からやる様だ。
勿論、今までもテレビ欄だってちゃんとチェックしていた。
しかし、惹かれるものは無く今日まで過ぎてしまった。

「ねぇ、みちるママ」

ほたるは同じ空間にいたみちるに話しかける。
朝の10時。みちるだけではなく、はるかもせつなもいる。家族全員集合の一家団欒の時間を過ごしていた時だった。

「なぁに、ほたる」

呼ばれたみちるは優しく返事をする。

「“火垂るの墓”って、どんな話?」
「“火垂るの墓”……ねぇ」

火垂るの墓と言う単語を聞いたみちる。笑顔だった顔が、見る見る曇って行く。
そして、はるかとせつなと視線を合わせる。
みちるが思った通り、はるかとせつなも浮かない顔をしていた。考えている事は同じ様だ。

「その映画が気になるの?」
「うん、あたしと同じ“ほたる”っていう言葉がついてるから」

どうやら共通点の“ほたる”と言う言葉に強く惹かれているみたいで、とても強い眼差しでみちる達を見ている。
これは、答えるまで逃げられない。そう感じた3人は、ほたるの質問に観念して答える事にした。

「ほたるが何を期待しているかは分からないけど、面白い物語じゃないぞ」
「それは何となく想像着くよ。“墓”って付いてるもん。火垂るが死んでしまうお話?」
「遠からずも近からずってところかしら」

火垂るが死ぬのは勿論の事、戦争映画故に“死”がテーマだ。
ただでさえ前世から過酷な運命を背負い、複雑な環境に身を置いていたほたる。
はるか達は、出来るだけ普通の生活を楽しく過ごして欲しいと願っていた。
戦いが一段落した今、そっちにほたる本人が自ら導かれて行くことに三人は不安を抱いていた。

「ズバリ言うけど、その映画のテーマは戦争だ。それでも見たいかい?」
「うん、見たい!」

諦めてくれたらと言う願いを込めて、はるかは火垂るの墓の説明をザックリと話した。それで、見ないと言ってくれないかと期待を込めたが、意に反してより一層決意が固まった面持ちで見たがってしまった。

「でも、ほたる。放送は夜の九時よ?起きられるの?」

せつなは、早寝早起きで九時までに寝てしまうほたるの習慣を思い出し質問して、為す術を無くしたはるかを援護した。

「起きるよ!今日はプールもないし、お昼寝して夜寝ないように頑張る!」

夏休みに入ってすぐプールも始まり、週三日ほど学校に通っていた。そこに加え、6時半から毎日ラジオ体操。
セーラー戦士とは言え、まだまだ子供のほたるには結構ハードな生活だ。その為、自ずと毎日学校に通うより、疲れてしまい九時までにはダウンして眠ってしまう。
しかし、今日はタイミングよくプールが休みの日。隙間時間が出来るため、昼寝をしてスタンバイ出来るという。

「そこまで言うのなら、許可するわ」
「わぁ、ありがとう。みちるママ」
「でも、火垂るの墓を見てどうするの?」

どうしてそこまで見たいのだろうとせつなは単純に疑問に思って質問してみた。

「自由研究にするの」

至って真剣にそう言ってのけるほたるを他所に、はるか達は置いてけぼりを食らう。
自由研究を何にするか悩んでいる事は勿論知っている。
しかし、火垂るの墓を見てどんな研究をしようとしているのかが見えてこない。

「映画を見て自由研究?何をするんだ?」
「戦争についての論文を書いてみようかなって。ダメかな?」

サラッと論文を書きたいと言うほたるに三人は絶句した。小学三年生で戦争を題材に論文を書くとは、やはり元々土萠創一教授の娘だっただけあると感心した。
と、同時にやはり戦争に惹かれるとは、これもまた運命という奴かとはるか達は逃れられない宿命を呪った。

「良いんじゃないか?ほたるがやりたい事をやることがより良い自由研究が出来ると思うぜ」
「自由研究のテーマが決まって良かったわね、ほたる」
「そうね、頑張って。ほたる」
「うん、頑張る!」

三人からのエールに、ほたるはやる気に満ち溢れていた。

漸く自由研究のテーマが決まったほたるは、ホッとしてその日の昼は寝てしまった。

そして九時。宣言していた通り、お風呂も入り、テレビの前にスタンバイしてほたるは張り切っていた。
9時になり、映画が始まると食入るようにして見ていて、時折涙を流したり、せつなと一文字違いの節子に感情移入したりして悲しんでいた。
兄妹が待ち受ける過酷な運命に、心打たれた様子だった。ほたるよりも小さな子が、栄養失調で無くなる。戦争とは、何も生まない。

「戦争は何も悪くない人の命も簡単に奪ってしまう。こんなの、絶対にあっちゃいけないよ!」

絶望したほたるは絶叫して泣き叫ぶ。
かつてセーラーサターンとして沢山の命を奪う運命を背負わされたほたる。
クイーンから与えられ、そう言う運命だから。そう言ってしまえば簡単だ。
しかし、運命とは残酷なもの。

「一般市民を巻き込まないようにしないとね。セーラー戦士として、地球は私たちが守らなきゃ!」

まだ小学三年生のほたるだが、立派なセーラー戦士だ。そう宣言して、決意を新たにした。

「今日はもう遅いわ」
「そろそろ寝る時間ね」
「12時か、随分と夜更かししたな」
「えー、この勢いで宿題やりたいよぉ」
「ラジオ体操までに起きられなくても良いの?」
「それは、嫌だ」

そう言った途端、緊張の糸が切れたのかほたるは気絶する様に眠りに落ちた。

「あらあら、ホッとしたのね」
「こうして見ると、普通の子供よね」
「ベッドまで連れて行ってやるか」

仕方ないお嬢様だなと言いながらも嬉しそうにそっとほたるを抱き抱えるはるかは、立派な父親だとせつなとみちるは微笑ましく思った。

「火垂るの墓を見て、どんな論文を書くのかしらね?」
「感じたことをそのまま、とか?」
「ちゃんと等身大の論文が書けたらいいのだけど……」

みちるとせつなは不安に思っていた。
前世での重い使命。土萠ほたるとしての過酷な運命を生き抜いて来た少女ほたる。
何を考え何を感じて戦争論文を書くのだろうか?
そんなみちる達の不安を余所に、ほたるはスヤスヤと深い眠りに付いていた。




おわり

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