夏休みの憂鬱
実は……と話しにくそうにほたるは三人に重い口を開いた。
「それは、自由研究……なの」
「自由研究か……」
「確かに、一番厄介かもしれないわね……」
「何をしてもいいものね」
そう、ほたるが最後にして最大の夏休みの宿題という敵は“自由研究”
ある意味何をしても正解なだけに、何をするか決まるまでが悩ましい。
ほたるもまた然りで、兎に角悩んでいた。
「何をするの?」
「まだ決まってないの……みんなは何をしたの?」
夏休みの宿題に何度も勇猛果敢に挑んで修羅場を潜り抜けてきた先駆者である三人に、ほたるは何をしてきたか質問した。
「僕は車の車種や歴史、どうやって作られているのかを調べたな」
「私ははるかと似ていて、それのヴァイオリンバージョンよ」
サラッと自由研究の内容を言ってのけるはるかとみちるは内容が似ていた。まだ出会う前というのに、ここでも気があっているなんて流石だとほたるは感心した。
それと同時に、やはりあまり参考にならない事に落胆してしまう。
「せつなママは?」
「私は、星や月の観測ね」
せつなは割とベタな題材だ。
しかし、この答えにもほたるはガッカリしていた。
「星の観察日記とかいいんじゃないかしら?」
「ほたるにもピッタリだ!」
みちるの提案に乗った形のはるかは、ほたると“太陽系を育てるゲーム”を一緒にしていた事を思い出した。
これ以上無いくらい、ほたるにピッタリだと感じて提案したが、すかさずほたるは頭をブンブン横に振って否定した。
「観察日記だし、毎日だから嫌か」
「違うの、はるかパパ」
「じゃあどうして?」
「実は、星の観察日記はちびうさちゃんがやるって言ってて、被っちゃうからダメなの」
ほたるによれば、星の観察日記は考えていた事だったそうだ。
しかし、無邪気なちびうさがクラスで宣言してしまい、考えていた大多数のクラスメイトが泣く泣く諦めざるを得なかった。
そして、その中の一人のほたるも、ちびうさがやるなら仕方ないとひっそりと辞めるに至ったらしい。
「スモールレディが星の観察日記をするなら、仕方ないわね」
ほたるの説明に納得したせつなは、心中輪を察してほたるの気持ちに寄り添った。
しかし、誰もが思いつくベタな題材と言えどちびうさとほたると思考回路が同じであることに、せつなは密かに嬉しくなった。
「困ったなぁ……」
頼みの星の観察日記が出来なくなり、再び行き詰まってしまったはるかは、為す術を無くして考え込んでしまった。
「まぁ、まだ夏休み一日目よ?ゆっくり考えればいいんじゃなくて?」
「そうよ、ほたる。焦ってもいいアイデアは出ないものよ」
「時間が解決してくれるさ」
結局、色々議論するものの読書感想文の様な良案は浮かんでこないままこの日はこれで終わってしまった。
早々に夏休みの宿題を終えてしまいたかったほたるだったが、まだ始まったばかりだと納得させる事にした。
「悩み聞いてくれてありがとう。はるかパパ、みちるママ、せつなママ」
相談に乗ってくれた三人に、そうお礼の言葉をほたるは言った。
どういたしましてと言いながらせつなとみちるは席を立ち、昼の用意をしにダイニングへと姿を消した。
その姿を見ながら、ほたるは再び一人きりで自由研究を何にしようか考え始めた。こうなれば意地である。
とは言え、一人では良い考えは中々思い浮かばないもの。
完全に行き詰まったほたるは、考える事を止めて、机に置いてあった新聞を読み始める。
これだけ活字に溢れているのだ。何かヒントになる事が書いてあるかもしれない。期待は余りせずに隈無く読み漁った。
「新聞読むなんて、流石はほたるだな」
凄い集中力で新聞を読み始めたほたるを見て、はるかは感心する。
新聞はせつなが読んでいて、はるかはスポーツの生地のみ目を通すだけ。ほたるもたまに読んでいるが、これほど読みふけっているのは今回が初めてのことだ。
「ダメだ……」
落ち込みながらそう呟くほたる。期待していなかったが、今日の新聞には何も参考になるものは見当たらなかった。
しかし、負けず嫌いで諦めの悪いほたるは、その日から毎日、新聞を読む事を日課にし始めた。
来る日も来る日も、朝起きてラジオ体操に行き、帰って来て朝顔の観察をして、朝食を食べながら新聞に向かう。これが夏休みのほたるの朝のルーティンになっていた。
それでも、中々新聞には良い案が落ちていない。