(サ)イトウ家の食卓


もしも温かな家庭に育っていたらうさぎとも出会うことも無く、恋に落ちることもなかったかもしれない。そう考えると、一人ぼっちの人生も決して悪いものでもなかった。

「だから、鍋だったのか」
「そう言うこと。出来たから食べましょうか?」

まるで母親みたいに笑顔で彩都が刻んだ野菜や肉を持ってくる。
テーブルで鍋の用意をしていた公斗は、コンロを点火する。

「餅や餃子もあるのか?」
「男ばっかだからな。腹持ち良さそうなものも買っといたんだよ」
「俺は闇鍋でも良かったんだけどな」
「お前の提案はろくでもない」

そんな他愛も無い会話をしながら鍋パーティーが始まる。
数分後、適当に取ろうとした衛や勇人達だったが、公斗からの言葉で空気が一変する。

「待て。それはまだだ」
「え、そうなのか?」
「ああ、もう少し煮込んだ方が美味い」
「もう充分だろ」
「そうだよ。好きに食わせろって」
「ダメだ!従え」
「うわぁー、まさかの鍋奉行。めんどくせぇー」
「くいずれぇ……」
「楽しくないわね」

公斗は鍋にうるさかった。
自分の思い通りに鍋を美味しく食べて欲しいと、良かれと思って口を出した。
だがそれが自由に楽しく食べたい彩都達三人にとってはとてもありがた迷惑で、鬱陶しい行為だった。

「衛に楽しく温かい鍋を体験して貰おうって言ってただろ?」
「ああ、そのつもりだが」
「まるでそうしてると言わんばかりの口調だな」
「違うのか?俺はそのつもりでいたんだが」
「いやいや、分かりづらいにも程があるだろ」
「兎に角、鍋奉行して仕切らないで頂戴!衛が間違った鍋パーティーを覚えるじゃない」

鍋にうるさい公斗の行為を三人は一斉に辞めるようにと攻撃する。
公斗としては良かれと思っての行動で、これが当たり前だと思っていた。家でもしていたから、当然の行動だった。
しかし、間違っていたようだ。世話を焼くことが当たり前だと思っていた公斗は違っていた事に衝撃を覚えた。

「楽しくないわよねぇ、衛?」

そう言って黙っていた衛に声をかけた彩都は、顔を見てギョッとした。何と、涙を流していたのだ。

「って衛、どうしたの?泣いてるの?」
「え?マジ?衛、大丈夫か?」
「公斗のせいで衛が泣いたじゃねぇか!」
「何故衛が泣いている原因が俺のせいになるんだ?」

衛が涙を流している事に狼狽えた四人は心配する。
そしてその直接の原因が、鍋パーティーを支配していた公斗にあると真っ先に疑いの目がいった。

「う、え?俺、泣いている……のか?」

彩都に指摘されるまで衛は自身でも泣いていたことに気づかずにいた。ごく自然に溢れ出た涙だった。

「公斗が口煩く鍋パーティーを掻き乱すからだよなあ?」
「あ、いや、そうじゃないんだ」
「どう言う事?どうして泣いているの?私たち、何かした?」

彩都の問いに衛はフルフルと首を振る。

「ただ、お前達の好意が嬉しくて。鍋が温かくて美味くて」
「衛……」

衛の言葉に四人は言葉を失う。
こんな逸脱したハチャメチャな鍋パーティーであるのに、衛は涙を流す程喜んでくれていることに、胸が温かくなる。

「ありがとな、お前達」

最初は騒がしいとうんざりしていた衛だが、思わぬ家庭の雰囲気を味わい、胸がいっぱいになっていた。

その後も五人での鍋パーティーは続き、衛のお願いで公斗の鍋奉行は続行され、その度に小競り合いに発展するかつての配下四人の姿を楽しく見ていた。
まるでうさぎとちびうさの喧嘩のように大人気ない喧嘩に衛は安心感を覚え、ホッとした。


その後、鍋奉行の公斗のせいで楽しく食べられなかった和永や勇人、彩都は美奈子へ苦情のラインを入れることになった。

「お前が料理下手だから公斗が鍋奉行で仕切って不味くなった」
「あの鍋奉行、どうにかしてくれ」
「世話焼きなのも大概だから、仕切らず各々好きな様に食べさせて欲しいの。その旨、怒っといてよね」

次々入ってくる迷惑ラインに美奈子はイライラしながら返事を返すことになった。

「お陰で美味しい鍋が食べられて、楽しい思い出もできたんだし」

返しながら美奈子は本当にアイツらは衛が大好きだなと心の中で微笑んだ。




おわり

20231107 鍋の日

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