過去を取り戻したくて
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結局、中学時代は特殊能力の目覚めと“幻の銀水晶”探しが発展しないまま終わってしまった。
繰り返し何度も同じ夢を見始めてから9年は経っていた。
小学生時代は不思議な夢だと思ったし、女の人に当然だが見覚えが無かった俺は、記憶喪失で思い出せない母だと思った事もあった。
しかし違っていた。親戚の家で過ごしている時、叔父叔母から見せてもらった写真の中の母とは全く別人だった。
それでもキーパーソンなのだろう。
俺の過去を知っていて、導いてくれる存在なのだろうと、そう期待混じりに漠然と思った。
中学時代はヒーリング能力に気付き、余計に自分の過去について執着するようになった。
そして高校に入り焦った俺は自分で出来る範囲で行動するしか無いのでは?と感じていた。
どうしようかと考え巡らせているとそのまま寝てしまった様で、またあのいつもの夢を見ていた。
また同じ内容だろうとウンザリしていたが、今回は違っていた。
「幻の銀水晶をお願い…」
「幻の銀水晶とは一体、どんなものなんだ?何故、探さなければいけないんだ?それが俺の無くした記憶と関係があるのか?どこを探せばいい?俺には何の術も…情報も無い!」
事もあろうに女性に話しかけていた。
出来る範囲で行動するしか無いと考えていた結果だろうか?
先ずは夢で女性に話しかけると言う行動に出たらしい。
「銀水晶は貴方の記憶の道しるべ。探し出して守って」
「でも、どう探せばいいのか…」
「貴方のそのヒーリング能力と幼少期から持っているムーンフェイズの懐中時計で銀水晶を探すに相応しい格好になって、そして貴方の大切な人を思い出して」
どこからともなく6歳の誕生日に両親から貰った懐中時計が女の人の手の中に収まっていた。
そして話しながら俺に近づいてきて懐中時計を差し出して来た。
それに触れると辺りが光に包まれ、次の瞬間俺はタキシードを着て女性の前に立っていた。
女性を見るととても満足そうな顔をして話しかけてきた。
「貴方に良く似合っているわ。とっても素敵よ!」
「この格好は…?」
「貴方にとってとても大切な人を探す為の目印よ。きっと気に入ってくれると思うわ。そしてこの懐中時計も幻の銀水晶を探す事にきっと役に立つわ。正体を知られない為にも仮面も付けてね」
優しい声で楽しそうに微笑む女性は今までのどこか寂しそうな憂いを帯びた顔とは違い、嬉しそうに喜んでいるように見える。
幻の銀水晶と過去を探すだけでなく、俺にとって大切な人も探さなければならないのか?一体どういう事なのか?
「大切な人とは一体誰の事なんだ?」
「貴方自身の過去を紐解いてくれる大切な人…」
「それはどんな人なんだ?」
「時が、迫ってきている。目覚めの時が…」
そこで目が覚め、気付くと俺は夢と同じタキシードを来て、仮面をかけていた。
これが幻の銀水晶を探すに相応しい格好か…。
確かに宝石を探すのだからこれが一番良い正装である事は間違いない。怪しまれずに済みそうだ。
それに大切な人に気づいてもらえる目印にもなる、と。
形見として肌身離さず持っていた懐中時計もまさかこんな形で役にたつなんて思いもよらず、動揺した。
新たな課題も増えてしまい、益々幻の銀水晶を探す事に執着して行った。
そしてこの日から夢遊病者の様に夜の街を幻の銀水晶を探すために徘徊し始めた。
タキシードという正装をしている事もあり、宝石店を探す事にした。
どんな手段を使っても手に入れようと心に決めていた。
半年ほど夜な夜な徘徊して探していたが、やはり大きさや形が相変わらず分からないため、苦戦していた。
夜な夜な徘徊だけでは限界があると思い、高校2年に進級したタイミングで昼間も探そうと決意した。
宝石店の店員に怪しまれないようにと昼間もタキシードを着て行った。
元麻布高校の制服姿では幻の銀水晶が宝石店で見つかった所でまだ所詮子供の俺には売ってくれそうもない。丁度いい正装だ。
もしも宝石店に幻の銀水晶があればどれだけ高くても買おうと決めていた。
お金は正直いっぱい持っていた。
両親が死んだ時、莫大な保険金が入ってきたし、父は会社を経営していたらしく資産家で金持ちだった様で、その財産がそのまま俺に入って来てお金には困っていなかった。
そんな昼間にタキシードを着て麻布のデカい宝石店に行き着いた俺は、たんこぶ頭の中学生らしい女の子に30点の答案用紙をぶつけられた。
まさかこの出会いが運命の出会いになり、更に俺の運命を動かしていく事になるとは、この時の俺は知る由もなかった。
おわり