過去を取り戻したくて


そしてある日、アミュレットとして大切に肌身離さず持っていた記憶にない両親の形見である懐中時計を壊してしまった。

小学生時代は親戚だと言う叔父叔母の家を転々として港区外にいたが、中学を通いやすい様に学校のある麻布へと拠点を移して一人暮らしを始めた。

誰とも関わらず、気を遣わず、夢を見ること以外は平穏な日々を送っていた。

そんなある日の午後の出来事だった。

学校帰りに家路に向かっていると曲がり角で凄い勢いで何かとぶつかった。

そしてその勢いで尻もちをついてしまった。

猫か野良犬か?あまりの衝撃と突然の出来事に何が起きたか分からず混乱したが、顔を上げ、前を見て瞬時に理解した。女の子だ。

「いったぁ~~~~~~いぃ」

恐らくこの子が周りも見ず、突進してきたのだろう。
その勢いでぶつかり、転んだと言った所か?
こっちも痛いんだけど?と思いながら尻もちをついたお尻に違和感があったので恐る恐る見てみると、例の懐中時計だった。割れている。衝撃で壊れてしまったのか、針が動いていない。
あの大事故でも壊れず綺麗に時を刻んでいた懐中時計なのに、こんな意図も簡単に壊れるなんて…。
絶望だった。唯一の両親との繋がりが…。過去の記憶の頼りとなりそうなアミュレットが…。

「痛いじゃないか、そこのたんこぶ頭!俺にまでたんこぶ作る気か?」

思いやりの無い言い方になってしまったが、こっちは大切な物が壊れたんだ。大人気ないが、嫌味のひとつも言いたくなった。

「これはたんこぶじゃ無くてお団子って言うんだもん!たんこぶじゃないもん」

逆ギレしてきやがった。
ぶつかっといて謝りもなしなんて、失礼なやつだ。

「ってあぁ~!せっかく買ってきたたこ焼きがぁ~」
「良かったじゃないか?共食いしなくて済んで。たこ焼き頭!」
「…っだからぁ~たこ焼き頭でも無いの!お団子頭なの!」
「ハイハイ」

自分の不注意でぶつかっておいて謝ることもせず、たこ焼きが落ちたことを嘆いている。
落として悲しいのならもっと注意深く周りを気にして歩けと思ったが、きっと本人に言っても性格もあるから治らないだろうと心の中で思っていた。
こっちだって懐中時計が壊れたんだ、他人のたこ焼きの事なんて正直どうでもいい。

どうしたものか?と壊れた懐中時計を茫然自失になりながら拾いあげて手に取る。
直るだろうか?と手の中の懐中時計を見ながら修理に持っていこうかと考えていたら不思議な事が起きた。
手からオーラのようなパワーが溢れ出てきた。
驚いていると、みるみるうちに壊れた懐中時計が元に戻って行く。
そしてあっという間に完治し、再び秒針が時を刻んでいく。
不思議なこの力は一体ーーー。

手を見つめるとごく普通の掌だが、今しがた放ったオーラのせいか、熱い。
この能力は一体…?いつからこの能力が宿っていたのだろうか?

「うわん!擦りむいて血が出てるぅ~」

たんこぶ頭もとい、たこ焼き頭改めお団子頭が今度は大泣きし始める。
俺も大概不注意だったのかもしれないと懐中時計が直ったことで心にゆとりが出来、気遣って優しくしてやる事にした。

今しがた懐中時計が直ったように、お団子頭の傷もこの能力で治せるのでは?と思い、一か八かやってみようと擦りむいている右膝に手を翳して集中してみる。

頼む!治ってくれ!そう願いながら集中するとパァーっとまた掌からオーラが放出され、みるみる治って行った。

「うわぁー、お兄ちゃん凄い!傷が治った!ありがとう」

今度はびっくりしたかと思えばクリクリとした目をして笑顔でお礼を言って来た。
コロコロと表情が変わる不思議な子だと思った。

咄嗟のこととはいえ、こんな本人もさっき知ったばかりの能力を知らない女の子に使ったのは軽率だったかもしれない。
怖がられたり、変な顔で見られてもおかしくないのに、初めて会った女の子に使用するなんてどうかしている。
でも何故かこの子は大丈夫だと直感した。根拠は何も無い。
案の定、怖がらず受け入れて喜んでくれたようだった。

「お兄ちゃん魔法使いなの?」
「んなわけないだろ」

いかにもそういう事を信じてそうだと思った。

「もう痛くないだろ?立てるか?」
「うん、ありがとう!また会える?」
「さぁな?タイミング良ければまた会えるかもな?」
「じゃあまたね!」

…またね、か?
しりもちを着いて痛がっていたその子に手を差し伸べ、立たせてやるとお礼を言いながらお団子頭は去っていった。

不思議な出来事と出会いだった。

この日を境にあの夢はより一層強くなり、ヒーリング能力は開花して行った。

☆☆☆☆☆

ヒーリング能力に気づいた俺は、それ以来この力で他に何が出来るのか?研究する事にした。

そしてどうしてこんな力が宿っているのか?何のための能力なのか?いつからこの力があったのか?考えるようになった。

もしもっと早くに気づいてきたら、両親は死なずに済んだのではないか?とさえ考えてしまう。
いや、あの時に能力があっても助けることが出来なかったかもしれないし、能力自体なかった可能性だってある。
両親の死、それは運命だったのだと受け入れることにした。

壊れたものは簡単に直せるし、他人の怪我も治せる。つまりは再生能力と治癒能力。
誰でも治せるかは不明だ。特殊な能力だけに誰にも知られるわけには行かない。その為、あれ以来人前ではこの能力を使用していない。
そして自分の怪我も治せる。
普通はこの手の能力だと自分の為には大抵使えないものと相場が決まっているが、どうやら違うようだ。
何故自分の怪我も治せるのか?答えは出なかったし、これ以上この能力で何が出来るのかも煮詰まってしまった。

本屋や学校の図書館等でこの不思議な能力についての本を探しては読み漁る日々も始まった。この能力は所謂“ヒーリング能力”と知った。
何はともあれ困った時は本に限る。

何を隠そう“幻の銀水晶”についても本屋や図書館を周り、それらしい本を手にしては調べたのだから。しかし何の手がかりも無く、今に至る訳だが…。

ヒーリング能力について色々勉強した。
自分に特殊能力があると知るまで超常現象と言った類のものは興味は無かったし、それどころか全く信じてもいなかった。
けれどよく考えるとあの大事故でも壊れずにいた懐中時計の事を思えば、これも自身の能力によるところが大きかったのかもしれない。

それにあの夢もこの能力と何か関連があるのかもしれない。
そう考えると色々と辻褄が合う気がしてきた。

“幻の銀水晶”と聞いたことも無い宝石、それが俺の過去と特殊能力が備わっている答えをくれるのでは無いか?

益々探す理由が出来てしまったが、やはり探す術を持たずにいた俺は途方に暮れ、夢に魘される日々を送り、何の進展もないまま、そしてあのお団子頭の女の子の事もすっかり忘れ、無情にも中学時代は終わってしまった。

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