過去を取り戻したくて


同級生より大人びていて落ち着いているのには理由がある。

6歳の時、両親と事故で死別した。
俺自身も大怪我をし、記憶を綺麗さっぱり無くしてしまった。
それだけの大事故だったにも関わらず、何故か俺だけ生き残ってしまった。それがとても不思議だった。

「君は地場衛だよ」

目覚めて病院でそう告げられたが…思い出せない。
俺は本当に地場衛なのか、それとも…
別の誰かなのか、何も…

何も分からないままに病院を退院した後は父方の祖父母だと言う人達に引き取られた。
その後も親戚だと言う人達の家を転々として学校もその都度転校し、落ち着かない小学生時代を過ごした。
自分が誰か分からない中、親戚だと言われても覚えても無い中で次第に遠慮し、肩身が狭い思いをしてごく自然に精神的に大人になってしまっていた。
それが逆に叔父や叔母、祖父母には寂しかったかもしれない。
自分で居ずらくしていたように思う。

そしてその頃から繰り返し何度も同じ夢を見るようになった。

“「幻の銀水晶」をお願い…”

見覚えのない女の人からの、知らない宝石の捜索願い。

最初は気にも止めていなかった。

全く知らない女の人、聞き覚えの無い宝石…
ただの夢だと気にしていなかった。

でも余りにも同じ夢を繰り返す為、次第に気になり始めた。

6歳までの記憶がない事もあり、自分を知る為にももしかしたら何か手がかりになるのかもしれない、そう思い始めたのは中学に入学してからしばらく経った頃だった。

しかし、“幻の銀水晶”とは一体…?
どんな形でどのくらいの大きさなのか?
色は銀水晶と言うだけあるのだから銀色に光っているだろうことは想像出来る。
ただ、幻のと言うだけあって中々見つけられないのではないか?
情報量があまりに少なく、前途多難な難題に愕然とする。

過去の自分を知る為の旅はやはり容易ではないのか?
そもそも“幻の銀水晶”を探して見つけられたとしても過去を知れるとは限らないー。

でも繰り返し何度も同じ夢を見るのにはやはり理由がある様に思う。
もしかすると大事故でも自分だけ生き残ってしまったのも生きなければ行けない理由があったからなのでは無いか?
記憶さえも失い、孤独に1人で生きるのに何の意味があるのか?
あの時、自分も両親と一緒に逝きたかったとさえ思い詰め、生きている事に嫌悪感すら抱いていた。

それでもその中で、助けて貰った医者に恩義を感じて、自分も恩返しに医者になろうと絶望の中にも夢と希望を見つけ、死にものぐるいで勉強を頑張った。
そのお陰か、こうして都内有数のエリート校に入学できた。
孤独なのがかえって良かったのかも知れない。
夢を見つける事で自分の存在意義と生きる意味を見出そうとしていた。
早くに亡くなってしまった両親の為にも生きなければ行けないとも思える様になった。

しかし、やはり自分の思いとは裏腹に何の手がかりも無く過去の記憶も夢のことも分からぬままに時は悪戯に過ぎていった。
まるでまだその時では無いかのように…。

☆☆☆☆☆

病院で目覚めて「地場衛」と言う名前を与えられた時、同時に与えられた物があった。

“ムーンフェイズの懐中時計”だ。

大事故だったにも関わらず、これだけは壊れずにそのまま綺麗な状態で残っていた。

事故のあった日は俺の6歳の誕生日だった。
いや、これも記憶を失ってしまっているから覚えていない。
誕生日がいつなのかの記憶もない。
事故をして運ばれてきた日が8月3日だと医者から聞かされた。
目覚めたのはそれから暫く経っていて、長らく昏睡状態で意識不明の重体だったとも言われた。
医者や看護師から聞かされる自分のアレコレを聞いても記憶を失ってしまった俺にはまるで他人事でピンと来なかった。

ただ、プレゼントとして懐中時計が入っていた所に両親からと思しき人達から手紙も添えてあった。
その中に誕生日プレゼントだと書いてあった。

“愛する衛へ
お誕生日おめでとう
ムーンフェイズの懐中時計を贈ります
6歳で時計は早いと思ったけれど、
何故かとても惹かれてあなたに合うと思いプレゼントする事にしました。
パパとママから大切な衛へのプレゼントです。
気に入ってくれると嬉しいです。
いつまでもあなたのことを愛しています
あなたのパパ、ママより”

確かに6歳に時計は早い。
手紙には書かれてはいなかったけれど、同じ時を刻もうと言う意味合いも込められていたのではないか?
その代償で両親は逝ってしまったのでは無いか?

不吉なものだと思ったが、両親との唯一の繋がりであり、贈り物の為迷った末に大切にする事にした。

この懐中時計を持っていれば両親の事が思い出せるのではないか?
そして6歳以前の自分の事も知れるのでは無いか?
両親も記憶も無い孤独な俺は、こんな物に縋るほどに過去を知りたかった。
本当の自分を取り戻したいと思った。

両親からの贈り物だからアミュレットとして持ち歩いていればいつか幼少期の記憶を取り戻せると考えた。
子供ゆえの安易で幼稚な考えではあったけれど、縋る思いだった。

普通であれば自分の誕生日に両親を失った事に絶望と罪悪感を抱くものだと思うが、記憶が無い事もあり、絶望感こそあれど罪悪感と言う物はそれ程生まれなかった。

事故前の自分はどんな人間だったのだろうか?
事故で両親も記憶も失い、同時に感情も失くし、人に興味も無くなってしまった。
夢はカラーで見るものの、現実では色の無いモノクロの世界の様だった。
俺の暗い過去に囚われている事が同級生達のように色んな物に興味を持てない冷めた思春期を送る要因だった。

興味があるものと言えば6歳以前の自分と両親、そしてその手がかりとなるかもしれないいつも繰り返し何度も見る夢ー。
大凡の思春期男子の興味とは程遠いものだった。

だから同級生達が等身大の思春期を送っているのが羨ましく思う反面、結局過去があっても、取り戻せても同じなのではないかと半ば諦めていた。

2/4ページ
スキ