前世クンヴィSSログ



『アンタッチャブル』



「祝言が決まった」

それはいつもの護衛の中で交わす会話の最初の話題としてクンツァイトの口から出てきた言葉だった。
“祝言”と言う言葉に正直馴染みのないヴィーナスは違う意味で困惑の色を隠せなかった。

「ん?」

中々返ってこない返答に、不思議に思ったクンツァイトは、それまでずっと前を見て主に視線を向けていたのを、ヴィーナスに顔を見下ろした。

「あ、えっと……しゅ、しゅーげんって?」

聞くのは一時の恥。正直に言葉の意味について質問した。

「ああ、婚礼の儀が決まったんだ。簡単に言うと“結婚”だな」
「“結婚”ね」

ああ、なるほどと思ったと同時に、初めから分かりやすく言ってくれたらいいのにと博識なクンツァイトを心の中で悪態をついた。

「そう、結婚……決まったのね」

ヴィーナスは、遂にこの時が来たのだと気を引き締めた。
この国の王子なのだ。相応しい相手との結婚は絶対に避けられない。この国の為に子孫を残さなければならないのだ。
遅かれ早かれ別れは来る。それが今、漸く来ただけ。
元々この交際には反対だったのだから、これで心配事が無くなるだけ。こっちだって月の王国の姫様なのだ。結婚とお世継ぎ問題は同じこと。
月と地球は交わってはいけない。それはずっと昔からの神の掟。それを破ってこうして愛し合っている二人が悪いのだ。
そう思っていたのに、ヴィーナスは胸がチクリと痛むのを感じた。

「ああ、お陰様でな」
「もうこうして会うことも無くなるのね」

そう、王子が結婚をする。それはプリンセスが王子と別れるという事。
そして、それはこうして護衛で顔を合わせていたクンツァイトとももう会えないと言う事も意味している。
チクリと傷んだ胸の痛みは、クンツァイトと会えなくなることなのか?それともプリンセスが悲しむ顔を見なければならなくなることか?はたまた両方か?
“いつかは”と覚悟をしていたが、それが“今”となってしまい、ヴィーナスは心の整理がつかず、複雑な心境になってしまった。

「そういう事になるな」

ヴィーナスとは違い、クンツァイトは落ち着いている様に見える。
そりゃあそうか。そっち側なのだ。色々見聞きして心の整理はとっくについているだろう。
尤もこの男、常に同じ顔で決めており、長く一緒にいたヴィーナスでさえ顔から心情など読み取れた試しがない。

「落ち着いているのね」
「初めから決まっていたことだ」

クンツァイトの言う通り、初めからこうなる事は分かりきっていた。
だからこそ二人で、互いの主に会うのを止めるよう言及していたのだ。今更どうにかならないのか等と取り乱した所でどうにもならない。それが分かっているからヴィーナスも粛々と受け入れようと考えていた。

「そう、だけど。それで、いいの?」

聞いてどうなるのか?
それでも聞きたくなるほど、プリンセスを思い締め付けられた胸が苦しい。

「仕方がないだろう。抗えない」

抗う気もない癖に、とヴィーナスは心の中で苦虫を噛んだ。
どうしてこの男はこういつも冷酷なのだろう。
どうしてそう分かっていて恋心を抱いたのだろう、とヴィーナスは悔しくなった。

「そうね。お二人が出会った事が想定外の出来事なのだから」
「そういう事だ。お前は良いのか?」
「良いも悪いも無いわ。元々出会う事もなかったのだから」
「そうだな」

王子とプリンセスの出会いは不幸な事故。
元に戻るだけだとヴィーナスは自分自身に言い聞かせていた。

「お前は、それでいいのか?」
「運命には抗えない。黙って従うわ。例えプリンセスを傷つけ、泣かすことになっても、ね?」

言い切った!守護戦士リーダーとして正しい在り方。私情は禁物。例え、クンツァイトに惹かれ、今生の別れとなっても。

「ヴィーナスは何を言っているのだ?」
「何って、王子の結婚……でしょ?」

それ以外に何があるの?違うの?と、ヴィーナスは不思議に思った。

「あ、ああ。そう、だよな。そうなるか」

クンツァイトにしては珍しく、ブツブツと独り言を言い始める。

「え、違う、の?」

クンツァイトの様子からして違った様だとヴィーナスも悟り始める。
王子の結婚でなければ一体誰のなのだろうと言う疑問が湧いてくる。

「ああ、マスターでは無い」
「じゃあ、誰?」
「……私だ」

ヴィーナスの質問にややあって、言いにくそうにクンツァイトが答えた。

「え?私って……あなた?」
「……ああ、そうだ」

幾ら寡黙で口数が少ないとは言え、説明不足。いや、主語が足りない!
ずっと、王子の結婚だとばかり思いながら話をしていたというのに。それなのにクンツァイトは自身の結婚について話していたとは。飛んだすれ違いだ。

「なぁんだ、あんたか!」

ホッとしたのも束の間、ヴィーナス自身の状況は変わらない。
プリンセスの悲しむ顔を見ると言うミッションは回避した。
しかし、結局ヴィーナス自身はクンツァイトが結婚したら会えない。

「一番年上だし、年功序列って奴?」

王子よりもクンツァイトが先に決まるとは思いもしなかったが、年上と言う事で無理矢理納得しようと明るく声を発した。

「お前は、それで良いのか?」

又も問いかけられる質問。
いいか悪いかで言えば、いいわけが無い。
でも、これも仕方がないこと。
そもそもお互いに立場があり、弁えていた。惹かれあってはいたが、決してそういう関係でもない。
そんな自分には何も言う資格などどこにもないのだ。

「自惚れないで!私たちは、ただの護衛。それ以上でも以下でもないわ」

つい感情的になってしまい、ハッとなった。

「結婚、おめでとうございます。貴方様の幸せをお祈り申し上げます」

気持ちを切り替え、祝福の言葉を悠長に言いながら深々と一礼する。

「では、私は用事を思い出したので月に帰ります。さようなら」

一礼すると涙が溢れて来そうになるのを必死で堪えると、そのまま悟られないようにとその場を後にしようとした。

「ヴィーナス!」

慌ててクンツァイトが呼び止めるが、ヴィーナスは全速力で月へ続くゲートへと目指し、その声はずっと遠くで響いているだけだった。

「クンツァイト……」

これで最後の別れとわかっていても、溢れる涙を止められそうになく、気づけば月に戻り自室のベットで泣き崩れていた。
自分を呼ぶ、最後のクンツァイトの声が脳裏にリフレインしながら、いつまでも泣き続けた。




おわり

20240903 クン美奈の日

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