現世クン美奈SSログ
『SWEET MISSION』
仕事終わりの帰り道、いつもとは違うコースを歩いていると甘い匂いが鼻をくすぐった。
視線を向けると、目新しそうなスイーツの店が目に飛び込んできた。匂いの正体は恐らく、いや間違いなくここから。
普段なら興味が無いから通り過ぎるところだが、何となく気になり外から中の様子を伺うことにした。
洋菓子店の様で外からでもケーキやクッキーなど所謂SNS映えしそうな見た目のスイーツがズラリ。
外観は木造でノスタルジックな雰囲気とはギャップのあるスイーツが並んでいる。そのギャップに、俺のようなガタイのいい男でも敷居が高くなく入れそうだと思い、時間帯が時間帯だけに女性客がいないことを確認し、中へと入ろうかと少し逡巡する。
「ここって、もしかして……?」
そこでふとこの前に美奈子が来た時、テレビで見ていたスイーツ特殊を思い出した。
それは“麻布界隈スイーツ特殊”と言うバラエティー番組。いかにも美奈子が好きそうだと話半分で聞き流していたのだが。
「この店、公斗の職場近くじゃない?」
良いなぁ〜、行きたい!食べたい!でも高そう。キャッキャと楽しそうに一人で盛り上がっていた。
関係ない。聞いたことも、通ったことも無いのだから行くことも無いだろうといつも通りスルーしていたが、これも何かの巡り合わせか?
せっかくだから美奈子が来た時のおもてなしで買って行ってやるか?
「ふっ、俺も随分と甘くなったもんだな」
お菓子で胃袋を掴んで美奈子の心を掴む作戦とは、真面目な四天王リーダーの威厳なんて無いな。
仕方ない。人もいないし、ここは入って買ってやるか。
可愛い彼女の顔を思い浮かべながら店の中へと足を踏み入れる。
客もいないが、店員もいない。気軽にゆっくりと選べそうだと一つ一つ吟味する。
普段甘い物を食べない弊害か、どれが良いのかさっぱり分からず、ただただ目の前のカラフルなスイーツに困惑し始めた。
美奈子の好きそうな物でいいだろうとも思うが、どれも好きそうなので選び難い。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
腰をかがめてケースを眺めていると、店員らしき女性の声が頭上から聞こえ、驚いて顔を上げた。
どれだけ集中していたのだろう。普段、深く集中していても人の気配には敏感で、すぐに察知出来るというのに。この女性が凄いというよりはアウェイで場違いなこの場所で探知能力が弱まってしまっただけだろう。
「あ、いえ」
「では、お決まりになりましたらお呼び下さい。ごゆっくり」
恥ずかしい。大男が彼女の笑顔のために慣れないスイーツ店で怖い顔してゆっくりなんて、無理だ。
ここは恥を忍んで店員におすすめを聞いて、それを買って帰るのが得策か。
「すみません。若い女性が好きそうなもので、日持ちしそうなスイーツってどれですか?」
「それでしたら、当店自慢のマカロンとアイシングクッキーが長持ち致します」
店員が勧めるだけあってマカロンとアイシングクッキーが色別に豊富に取り揃えられていた。
どの色のものがいいのか全く分からん。
取り敢えず美奈子にあったカラーのものをそれぞれ数個買って帰るか。先程から値段が高いなとは思っているのだが、それは気にしないでおこう。土地柄や昨今のせいだろう。仕方がない。可愛い彼女の顔を見られるなら奮発してやるか。
「では、マカロンとアイシングクッキーを下さい」
「会計の合計は9370円になります。ありがとうございました」
値段関係なく片っ端から2個ずつ買ったら一万円近くしてしまった。スイーツ店、恐るべし。
何故マカロンの様な小さい食べ物が一個500円超えなんだ?解せない。
アイシングクッキーは割と大きめでアメリカサイズ位はあって食べ応えありそうだから納得は出来るのだが。いや、やはり考えないでおこう。考えれば考える程どツボにハマりそうだ。考えても仕方がない。
「美奈子の笑顔が見られるのなら、まぁプライスレスって事だな」
実際は高いし、納得は出来ないのだが、心が狭い男にだけはなりたくないからな。
これで、俺の家に来ても何も無くて面白くないとは言わせない。
美奈子が来るからと言って特段何か特別なものを用意するでも無かった。ジュース位は適当に用意してやっていたが、お菓子類は何も買ってなかった。それが美奈子には不満要素の一つの様だった。
文句を言いながら、いつもコンビニで買ってきていた物を食べているのを横目で見ていた。それもよく考えればチリツモか。今までのコンビニスイーツ代、高かったのではないか?
何も言わないが、コンビニと言うだけで高い事は想像に固くない。加えて学生の美奈子のお小遣いは決して良くは無い。社会人の俺より遥かに痛手の出費だろう。
デート代は俺持ちだが、随分と学生の美奈子に負担をかけていたことに今更反省するに至った。もっと労わってやらなければと心を入れ替え始めた。
店から出て帰り道で己の行動について省みてしまった。
「今度は美奈子も連れて来てやろう」
次に家に来て今買ったお菓子を出してやったらどんな顔をするだろうか。
可愛い彼女の笑顔を想像しながら帰路に着いた。
おわり
20240524