現世クン美奈SSログ



『ひとり占め(クン美奈)』



一体どれくらい経ったのだろうか?
部屋には二人、同じ空間で時間を共にしている。にも関わらず、まさかの無言で会話すること無く美奈子が恋人の家にやって来て数時間経っていた。
喧嘩をしている訳では無いし、かと言って会話のネタが無い訳では無い。
それを証拠に二人は同じ空間にいながら別々の事をして過ごしている。
静かな部屋にはパソコンのキーボードをリズム良く叩く音と、雑誌のページを不規則に捲る音がするのみ。そのにたまにマウスでクリックをする音が加わる。
勿論、パソコンを使用しているのは公斗で雑誌を見ているのは美奈子だ。
凄まじい集中力を見せる公斗に対して、美奈子のこころはここにあらずで、雑誌の内容など全く入っていない。ただ暇つぶしで見ているだけに過ぎなかった。
恋人と一緒の空間にいるにも関わらず、放って置かれているこの状態にそろそろ痺れを切らしている。好きな子と同じ空間にいるのに何も感じないとは、これ如何に?自分はこんなにも意識していると言うのに。まさか私がいることを忘れている?
しかし、そうだとしてもこの張り詰めた重い空気を破るのは危険だ。美奈子とて空気はちゃんと読める方だ。
そして何よりこの状態を望んだのは美奈子自身だった。連日、卒業論文に時間を割き、ほぼ大学に入り浸っていた公斗。せっかくお付き合いをしているのに会える時間が減っていた事に不満を抱き、邪魔をしない事を条件に休日は家でやる事を提案。
すると公斗は目から鱗だった様で、その手があったかと驚いていた。
今日はその提案の2回目の日だった。1度目で大体空気扱いだと言うことが分かってしまった美奈子は、邪魔にならないようにと気を遣い自分時間を満喫する為、雑誌を数冊買ってから向かった。漫画にしなかったのはまた馬鹿にされない為で、雑誌はいつも愛読しているものを買って来ていた。
しかし、愛読書にも関わらず状況のせいで内容など全く入って来ないのだ。集中力がないと言うより、集中出来ない。意識がどうしても彼に向く。
しかしその彼は凄まじい集中力で論文を書いている。まさか、やはり自分がいないと思われているのではないかと美奈子は不安でいっぱいになる。
先程から飲まず食わずの彼に何か飲み物をとも考えたが、自他共に認めるトラブルメーカーの美奈子だ。コップを割る可能性が高いし、それがなくとも飲み物を零してしまうかも知れない。そうなると今まで集中して頑張っていた恋人の今日の努力が自分の我慢と共にパァになってしまうのは想像に固くない。それは絶対に死守したい。
自分の家だと思って自由にしていい。冷蔵庫もリビングも好きな様に使っていいと言われている。だから飲み物を出して存在アピールと思っても自分が動く事で何かよからぬ事になってしまうのは怖かった。これではどうして恋人がいるという事を知らしめればいいのかと美奈子は無い頭で逡巡していた。その時だった。

「ふわぁーーーーー」

この場に似つかわしくない大きな欠伸が一つ聞こえ、それがこの場の空気をいい意味で変えてくれた。
連日、論文でパソコンと睨めっこだった恋人は寝不足だった様でまさかの欠伸。欠伸なんてしないと思っていたので美奈子は結構驚いた。が、このチャンスは逃してはならないと頭を切り替えた。

「ふぁーーーあ!コーヒーでも入れようか?」

慣れない静かな空間と言う事もあり、美奈子もつられて欠伸をしながら公斗に提案する。しかし、結局は飲み物を入れると言う在り来りなものになってしまい、美奈子は己の経験値を呪った。

「ん?否、いい」
「……そっか」

共に何時間もいて初めてのまともな会話なのに素っ気ない。それなのに余りにも短い。そしてやはり飲み物は要らないのか断られる始末。寂しい。

「一段落したから、もう終わる」
「あ、そうだったんだ。ご苦労様」
「ああ」

どうやら今日はもう終わるらしい。それを聞いて美奈子はホッとした。これでやっと恋人としての時間が持てると喜んだ。
パソコンの電源を落とし、閉めた公斗は立ち上がりその場を後にした。美奈子が座るソファーに少し距離を置いて座ったかと思えば、まさかの行動に美奈子は驚き立ち上がりそうになるが、それすら出来ず行動を封じられてしまった。

「ちょ、ちょっとぉ〜!!!」

慌てて美奈子は抗議するも、公斗は美奈子を見上げながら口角を上げる。
待ち焦がれていたスキンシップだが、それが今の美奈子には高度過ぎた。動揺を隠しきれず、封じられた足をバタつかせるも恋人は起き上がってくれない。それどころか余裕の笑みである。

「美奈子の太腿は柔らかくて気持ちいいな」
「〜〜もう!!」

そう、公斗が取った行動、それは膝枕だ。
欠伸に続き、こんな事をしないと思っていたから予想外の行動に美奈子の思考は着いていけず置いてけぼりを食らってしまった。

「寝不足で眠い。少し寝かせてくれ」
「〜〜仕方ないわねぇ。特別だからね!」
「ふふっ恩に着る。お休み」

余程疲れていたのだろう。そう言って目を閉じるとすぐにスースーと寝息が聞こえてきた。その顔は安心しきっているように見え、リラックスしている。

「こんな姿が見れるなんてねぇ〜……」

すっかり気を許して安心して寝ている恋人の顔を見ながら美奈子は起こさない程度の小さく呟いた。
二人きりでなければ見れない無防備な姿に、美奈子は嬉しくなった。
前世では二人でいても常に警戒を怠らず、全く隙すらなかった。現世でも敵として目の前に現れたクンツァイトも同じで、再転生をしても態度は変わらず。美奈子と付き合い始めでもまだどこか堅苦しい雰囲気を纏っていた。
だから今こうして美奈子の太腿に頭を預け、無防備に安心して眠る姿に感慨深くなったのだ。
漸く恋人らしく甘えてくれているのだと嬉しかった。

「うふふっ独り占め」

こんな姿が見られるのは、恋人である美奈子だけの特権だと嬉しく思った。
きっと変わらず他の人には隙を見せないだろう。それが例え衛や四天王出会ってもだ。
自分にだけ甘えてくれている。それが分かるからこそ愛おしかった。

「どれくらい眠る気でいるのかしら?」

邪魔にならない程度に恋人の髪の毛を撫でながら美奈子はふと疑問に思った。
眠るのは良いのだが、足を封じられている状態なので何も出来ない。身動きが取れないので、ブランケットをかけてあげる事も出来ない。そしてトイレにだって立てない。これが乙女としては一番の悩みの種だ。さて、どうしたものか?

「ふぁ〜〜〜」

目まぐるしい情報量と行動のせいですっかり忘れていたが、美奈子も眠かった事を欠伸を一つして思い出す。
逡巡していた思考を手放し、美奈子もその場で目を閉じて意識を手放した。




おわり

20240424

クンツァイト石の誕生石に基づくクンツァイト誕生日


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