現世クン美奈SSログ
『オトメゴコロ(クン美奈)』
すっかり暗くなり、星も見え始めるほどの時刻になった頃、大学から帰宅すると自宅の前に少女が立っているのが遠くからでも確認出来、驚く。
卒業論文が佳境を迎えていて、遅くなると伝えていた。いるはずなどないと思っていたが、そこには彼女が待っていた。
十番高校の制服に身を包み、防寒対策など全くせずに佇んでいる。寒いのか、両手を口の前に持っていき息をはぁーはぁー吹きかけ、両足は小刻みに踏んでいた。
見るからに寒そうだが、その姿さえも美しいと見惚れてしまう。今でも信じられない。前世から恋い焦がれ、愛したたった一人の女性。美の女神の化身のその人が自身の恋人であるという事実が。
「あ、おかえりなさい!」
声を掛ける前に足音で気づいたのか、必死で温めていた手から顔をこちらに向け、声をかけられる。大きな声に、思いの外元気だと明るい声に安堵する。
「来ていたのか?」
「うん、ちょっとでも顔、見たくて」
思ってもみない答えに、ドキッと胸が高鳴るのを感じた。どれだけの時間持とうが、俺の顔を見たかったのかと。単純に嬉しい。
と同時に、彼女がこんなにも健気な一面があることに驚いた。記憶の中の彼女は、もっとサバサバとしているイメージだった。
しかしどうだろうか? 目の前にいる彼女は、寒い中長い時間待つほどの健気さを持っていた。色んな彼女の一面が垣間見え、まだまだ知らない顔を持っていることが伺えた。案外、彼女も普通の恋する女の子と言うことなのだろう。
「寒かっただろう? どれだけ待っていたんだ?」
「私も、部活が遅くまであったから。一時間も待ってないわ」
何でも無いふうに笑顔でそう答える彼女。そうは言っても真冬に外で待つのは寒いだろう。ましてや防寒対策は何もしていないのだ。彼女が元気で丈夫とは言え、堪えるだろう。
「来る途中の自販機でコーンポタージュ買ったから、これで温まってたからヘーキ」
足元に置かれていたコーンポタージュと思しき缶を持ち上げて店ながらウインクをする。得意気だ。
「手、冷たいぞ!」
彼女の手に自身の手を重ね、確認する。やはり冷たくなっていた。
「あったかい」
「余り無理はしてくれるな」
「でも……」
「顔も冷たくなってる」
両手で彼女の顔を触れて持ち上げる。見上げる形になった彼女の瞳とぶつかり、そのまま一つ、唇に口付けを落とす。
数秒後、顔を離すと真っ赤な顔で目をパチクリとして恥ずかしがっている。別に初めてのことではないというのに。
「クスッ、少しは温かくなったようだな」
「あり、がと」
「こっちこそ、会いに来てくれてありがとう。しかし、風邪でも引かれたら困る」
「スペアキーも合鍵もないし、外で待つしかなくて」
本来ならスペアキーを何処かに隠しているものだが、用心深い性格が災いし、置いていない。
更に、彼女にもまだ合鍵を渡しておらず、外で待つ他無かった。己の用心深い性格をこんなに呪った日はない。
「すまん。こんど合鍵作って渡す」
「本当? 嬉しい」
彼女は幸せそうな笑顔で喜ぶ。
「大切な恋人に風邪を引かせる訳にはいかんしな。防寒対策もせず待つなんて、無謀だ」
「じゃあ、あんたが温めてよ」
最もバカは風邪を引かないと言うから例外ではないだろう。そんな言葉は飲み込んで、震えて寒がっている愛しい恋人をその場で抱き締めて温めてやった。
前言撤回。こうして凍える恋人を暖めるために抱き締められるなら、スペアキーを用意しなくて良かった。冷え切った彼女を強く抱きしめながら数日ぶりの恋人を堪能して幸せに浸りながらそう思った。
おわり
20240112