いざ、戦場へ
「遂に、この日がやってきたか……」
そう呟くのは公斗だ。
何故そう呟いたかと言うと、この日は公斗にとって試練の日となる事間違いないから。
ーーそれは、数日前に遡る。
「夏のバーゲン、付き合って」
唐突な美奈子からのお願いだった。
やんわりと言ってはいるが、暗にバーゲンと言う名のデートをしろと言う言葉が含まれていた。
「そういうのは女同士の方が楽しいのでは無いのか?」
単純に付き合いたくない公斗は、やんわりと断ろうと女同士で行く事を勧めた。
「忘れたの?みんな彼氏持ちよ?皆に断られたのよ。それに……」
「……それに?」
頼みの綱のうさぎ達は各々恋人がいる。
休日はみな、彼氏と過ごしたいと言う理由で断られたらしい美奈子は嘆いていた。
その含んだ言葉に公斗はガッカリした。万事休すか……と。
しかし、美奈子にはもう一つ理由があるのか言い難そうに言葉を続けている。
公斗は恐る恐る聞くことにした。
「やっぱり公斗と行く方が楽しいじゃない。服とかも選んで貰えるし」
笑顔で嬉しそうにそう言われ、公斗は胸がざわめいて返す言葉をなくした。単純に心を掴まれ、嬉しくなった。
「では、デートを兼ねて行くか?」
「やったぁ〜〜〜♪」
掌で転がされている感は否めないが、美奈子が喜ぶのであれば公斗は快諾する事にした。
それに公斗とて、美奈子と普通のデートができることは喜びであり、嬉しい。当たり前の事がこんなにも幸せなのかと感じていた。
そして話はバーゲン当日に戻る。
天気は快晴。気温は猛暑。体調は良好。気分は最高。
場所は渋谷937。美奈子たっての希望だ。
「到着したわね!」
「ああ」
「準備はいい?」
「いつでも来い!」
まるで本当に何かの勝負でもするのかと言う様な会話を繰り広げる2人。
それもそのはず、2人にとっては正に戦場。目当ての服などが手に入るかどうかだった。
公斗は美奈子の行く所へついて行くのみだが。
「最初はどうする?」
どう攻略するのか?公斗は美奈子の戦略を知りたくて、探りを入れた。
「一番上の階から順番に見ていくわよ!」
「何故だ?」
「その方が効率がいいからよ。下から上がって行くより、上から降りながら買っていく方が帰りが楽なのよ」
「なるほど」
言われてみれば確かにそうだと公斗は美奈子の説明を聞き、言いくるめ……いや、納得した。
美奈子の言う通り、エレベーターで最上階へと向かった。
「で、今回お前が買いたいものは何だ?」
美奈子の目的を聞いていなかったことに気づいた公斗は、エレベーターの中で質問した。
「全部よ」
アバウトなざっくり説明に公斗は絶句する。
「例えば何だ?」
「服、靴、鞄、下着、水着よ。勿論、全部夏物よ!選んでくれるでしょ?」
美奈子が公斗と来たがった理由。それは、公斗に選んでもらうため。
勿論、自分でも選ぶが、迷った時に選んでもらいたいと思っていた。そう言うベタな買い物に美奈子は以前からずっと憧れを抱いていて、やっと夢が叶うと喜んでいた。
「まぁ、仕方がないな」
そんなこととは知らない公斗は、内心面倒くさい事を頼まれてしまったと素っ気なく答えた。
二人の気持ちを乗せたエレベーターは、目的の最上階へと到着。ドアがゆっくりと開く。
「いざ、バーゲンよ!」
開いたドアと同時に美奈子の口も開く。
そして、バーゲンと言う名の戦闘開始のファンファーレが鳴り響く。
その美奈子の宣言とともに、公斗は“いよいよか……”と気が重くなりながらも、静かに闘志を燃やし始める。公斗にとっては試練の一日の幕開けだ。
「よし、行くか!」
公斗の相槌を歯切りに、美奈子は公斗の腕に自身の手を絡めて目的地へとグイッと引っ張っていく。
不意打ちの腕組みに公斗はドキッとしつつも完全に逃げられないようロックオンされ、これからの時間を考えると憂鬱になる。
「最初はここよ」
公斗の心とは裏腹に美奈子がウキウキと入って行ったのは、カリスマ店員がいる服屋。
ショップの中を全てザッと歩いて見る。
次々掛けてあるスカートやパンツを見ては自身の身体に当てて行く。
値段を見ては返す。
「次行くわよ!」
最初の店では特に気に入るものが無かったのか、未練は全くない!と言う感じでさっさと出てしまった。
「今のところではいいのか?」
「特にピンと来るものがなかったし、まだまだ始まったばっかだしね」
言った通り、これを歯切りに美奈子は次から次へとフロアにある店全てに入って見て回った。
気になった服があれば試着を繰り返し、まるでモデル気分。勿論、気に入ったり、公斗が好印象を示したものはお買い上げしていた。
「なるほど、良い運動になるな」