振り回される漢
流石に投げ返されるとは予想外だった様で結構な衝撃を受けていた。
「酷い!投げ返してくるなんて思わなかった!」
「そっちが手加減無しに投げてくるからだろう」
「だからって福娘役の私に向かって思いっきり投げなくたっていいじゃない!」
怒り狂いながら定番の掛け声と共に外にいる俺に向かってまた思い切り豆を投げてくる。
雪の時と違い、限られた個数の豆をいかに長く投げていられるか?と言う頭脳戦もプラスアルファされ、駆け引きも必要になって来る。頭の悪い真っ直ぐな美奈子に勝ち目はないと確信したのだが…。
美奈子から受け取った豆は半分ではなく、3分の1ほどしか無かったようで、不利な戦いとなってしまった。またも先手を取られた感が否めない公斗はやりきれない気持ちになるが、戦闘上手な美奈子を卑怯と思いながらも流石はプリンセスを護るリーダーだと見直していた。
そんな事とは知らない美奈子は実は何も考えず分量を分けていただけで、作戦も裏も一切なかった。ただただ豆まきを楽しみたい一心だった。しかし、美奈子と同じで負けず嫌いの公斗と対戦になるとは思っていなかったが、雪合戦の延長戦だと瞬時に受け取り、純粋に豆まき対戦を楽しんでいた。
「豆が無くなった」
「なぁんだ、つまんない。でも私も残り少なくなっちゃったのよね…」
残念そうにしている美奈子。
「どんだけ勝負が好きなんだ、美奈子は」
「そんなつもり無かったわよ!?そっちがやり返してくるからついついムキになったんじゃないのよ!」
「手加減無しに投げるからだろう。それに福は内も必要だったから丁度良かっただろ?」
「だからって福に投げつけるってどうなの?逆に福が逃げるって考えない?」
ブーブー文句を垂れている美奈子を他所に、段々冷静になって来た俺は部屋の中に所狭しと散らばっている豆を見て一気に現実に戻された。
豆まきは楽しかったが、部屋一面と外に散らばる豆の片付けをしなければならない事を忘れて夢中で豆まきをしていた事に後悔する。
そして撒いた豆を歳の数だけ食べなければ行けない事にも気付き、豆まきも程々にしなければならないと学習する。
豆を粗末にした挙句、これから掃除か…と項垂れながら美奈子を見るとどこから出したのか、とても見覚えのある聖剣を手にポーズを取っていた。…この剣は前世で愛用してよく一緒に手合わせした例の聖剣だな?
豆を投げ返された挙句、消化不良だったのか2回戦をするつもりなのだろうか?
「愛の呼吸!壱の型、金星片目開閉鎖聖剣(ヴィーナスウインクチェーンソード)!」
変な呪文を唱えたかと思うと聖剣から無数の鎖が出てきた。何が起きた?と一瞬思ったが、理解力と瞬発力の良さですんでのところで飛んできた鎖を見事に避けて見せた。
「これはなんの真似だ?」
「私の鍛錬の賜物よ♪そして鬼滅の刃!鬼と言えば今は鬼滅でしょ?」
「鬼滅の刃?何だそれは?そんな物は知らん!」
「嘘でしょ?遅れてるわね!こんなに流行ってんのに!どうやれば知らずに通る人生が送れるのかぜひ知りたいわ」
「興味が無いものは目に入ってこない。そう言うもんだ」
「つまらない人ねぇ~。まぁ良いわ。鬼滅の刃はね、鬼を刀で切るアニメなの!で、今日は鬼が主役でしょ?しかも私は前世では聖剣を武器にしていて、尚且つ今も聖剣を使ってるからこんな打って付けでピッタリな事って奇跡に近いじゃない?だからやってみたくて♪」
何だか知らんが凄い理屈で責めてきたが、部屋は更に大惨事になってる事は気づいているんだろうか?
そろそろパリピ脳の能天気娘を現実に引き戻してやらなければずっと調子に乗ってやり続けそうだ。
「まぁ何でもいが、部屋一面にお前と俺でばらまいた豆と、更にはお前がいらん事をして出した鎖が散らばってるの気付いているか?」
我に返って冷静になった美奈子は床を見て顔面蒼白になって絶叫した。
「うっそぉ~こんなに散らかっちゃったのぉ?信じらんなぁ~い。豆、今すぐ回収するわよ!歳の数だけ食べるんだから」
慌てて豆を自主回収し始める。切り替えが早く、行動力があるのは凄く逞しいし、美奈子の長所でもある。
しかし、豆はしっかり食うようで、飽くなき食欲を原動力に豆を必死でかき集めていた。
「鎖も回収しとけよ?俺は知らんぞ!」
「大丈夫よ!これ、聖剣直せば自然と消える仕組みになってるから」
どんな仕組みだ。そんな仕組み聞いたことがない。月の王国は不思議な道具が多いな。
「はい、公斗の分の歳と同じ豆よ!」
律儀に渡され、きっちり歳の数だけ食べさせられた。
こんなに騒がしくエキサイティングな節分は生まれて初めてで、一生忘れられそうにない。
おわり