振り回される漢


今日は節分の日だと巻き寿司と豆まき用の豆を意気揚々と公斗のマンションへとやって来た美奈子。
イベント事にはどんなものでも参加必須のパリピ脳な美奈子とは対照的に、イベント事がとても面倒くさく出来れば不参加希望で穏やかな日常生活を変わらず送りたい公斗は心の中で「またか…」と苦笑いをしていた。

今まで付き合って来た彼女も自分と同じでクールなタイプの女性ばかりだった為イベントはほぼスルーして来ていた公斗は、美奈子と付き合うようになってから毎回強制的に参加を強要させられ、随分とイベントに積極的になったと自分の変化に驚いていた。
彼女が自分に与える影響の大きさが、自分の彼女への愛情のバロメーターでそれだけ愛しく思っているのだと改めて気付く。半ば強引に付き合わされているとも言うが…。

そんな事を思っているとは露ほどにも知らない美奈子は目の前で巻き寿司を食べる用意を慣れたように着々と進めて行く。

「今日は節分だから恵方巻き食べなきゃ始まらないわ!今年の恵方は…えっとぉ…」

張り切っていた割にどこの方角を向いて食べたらいいか分からなくなったようで、やはり彼女は詰めが甘い。
どうせイベント事はとりあえず参加しとこうという軽い気持ちでいるのだろう。猪突猛進と言うか、考え無しで突っ走るのはどうかと思う。いつか痛い目あわなきゃいいが…。

「南南東だろ?」
「そうそう南南東!って詳しいわね?」
「お前が忘れっぽいだけだろ!それよりもこの恵方巻きはどうしたんだ?」
「まこちゃん作よ!」
「じゃあ安心して食えるな」
「どういう意味よ?」
「お前が作ると食えたもんじゃないからな」
「酷くない?まぁ料理苦手なのは認めるわ」
「ちゃんと味見してるんだろうな?」
「何それ、味見しなきゃいけないの?」

驚愕の答えに絶句する。彼女には味見の概念が無いらしく、寝耳に水と言う顔でキョトンとしている。…そりゃ不味いはずだ。アホにも程がある。

「普通は味見するもんだ!まぁいい、恵方巻き食うぞ」
「無言で願い事唱えながら食べるのよね?喋ったら叶わなくなるのよね…」
「俺は大丈夫だが、お前が1番怪しい」
「頑張って無言で食べるわよ!で、あんたの願い事は何?」
「教えるわけないだろ!叶わなくなる」

興味津々でキラキラした目で質問され、うっかり答えそうになったのを既のところで飲み込んだ。“美奈子とずっと一緒にいたい”なんて口が裂けても言える訳無いだろう!

「ケチッ!まぁいいわ。恵方巻き食べましょ!所で南南東ってどっち?」
「…こっちの方角だ!」

恵方だけでなく、方角までわからない始末…どこまでアホなんだ?と思いながらもそのまま当たり前だが同じ方向を向いて無言で食べ始めた。
そう言えば美奈子本人の願い事とは何だろうとふと食べながら雑念が生まれた。勿論自分の願いを唱えることも忘れてはいない。彼女がアイドルになるのが夢なのは勿論知ってはいるが、自分と同じ願い事、同じ気持ちならと欲張ってしまう。

肝心の恵方巻きの味はまこちゃん作と言う事でとても美味しく、丁度いい量の太巻きだった。勇人が単純に羨ましい。

恵方巻きを食べ終わると食器の片付けを買って出た美奈子だが、この前まぁまぁ気に入っていた皿を盛大に割られたことを思い出し、断って自分で片付ける事にした。

その間、楽しそうに豆まきの用意をしているのが横目でチラッと見えていた。

片付けが終わると早速豆まきがしたいと言い出した。

「公斗が鬼ね!」
「俺に決定権は無いのか?」
「男の人が鬼をするのが適任でしょ?」

はぁ?何言ってんの?と言わんばかりの勢いと圧力で言い返されので渋々鬼役を引き受ける事にした。
鬼のお面と豆を嬉しそうに渡され、顔に被ろうとしていると早速豆が飛んでくる。

「鬼はぁ~そと!」

雪合戦の時の二の舞である。
定番の掛け声と共に勢いよく数個の豆が体のあちこちに当たる。面積が小さい分、勢いもありとても痛い。またも美奈子は手加減無しに豆まきをするつもりらしい。
そっちがその気ならこちらも考えがある。マスターを護るリーダーとしてやられっぱなしで終わる訳にはいかない。


「福は内」
持っていた豆を適当に掴み掛け声と共に美奈子目掛けて手加減無しに投げつけ返してやった。

1/2ページ
スキ