二人の長い一日


再びリビングへと降りてきた美奈子と公斗は母親が腕によりをかけた料理の数々に驚きながら椅子に腰をかける。

「美味しそ~。肉じゃがに筑前煮にポテサラに焼き魚か~和洋折衷ね!んで公斗の好物ばっか。良かったね♪」
「遠慮しないでいっぱい食べてね!いっぱい作ってあるから。あ、美奈とは違って私は料理得意だから安心してね?」
「も〜ママ!一言多い!」
「公斗君はお酒飲めるか?車じゃ無ければ貰ったお酒一緒に飲みたいと思ってるんだが?」
「見ての通り強いらしいわよ」
「だから美奈子には聞いてないぞ」

あーそーですか?男同士喋りたいのね?
私は蚊帳の外って奴ですか?いーですよ!
心の中で美奈子はぶーたれながら夕飯に手を付ける。
2人を見ると互いにお酒を注ぎあっている。
大人同士だとお酒が一緒に飲めるのか?楽しそうだな、と少し疎外感に苛まれ寂しくなった。
ハタチになったら絶対一緒に飲みたい!と心に誓う。

「パパも公斗もお酒注いであげるよ?」

何とか間に入りたいとコンパニオンを勝手でた。

「ちゃんと注げるのか?」
「零すなよ?」
「……2人とも酷い!私の事、本当に何だと思ってるのよ!」
「「おっちょこちょい!!」」
「まぁ、2人とも息ぴったり!ハモっちゃって仲良しね」

同じ事を同時に言ってハモったパパと公斗を楽しそうにママは見ていたが、美奈子は不貞腐れ不満を抱いていた。
自分では普通だと思っているのにおっちょこちょいキャラとして定着していることに納得がいかない。

「せっかく若くて美人のレディがお酌してあげるって言ってるのに酷くない?もうして欲しいって言ってもしてあげないわよ?」
「別に構わない。お父さんに注いで貰った方が安心して飲める」
「おう、そうだ!公斗君のお酌の方が美味しい」
「あっそう!お酌して欲しいって泣いて頼んでも一生してあげないからね!」
「願ったり叶ったりだ」
「2人で仲良く呑んでなさいよ!」

2人の仲を持ちたいのと1人だけ未成年でお酒が飲めず、疎外感に苛まれて中に入ろうとして物の見事に失敗した。
既にお酒が入った2人に酷く自尊心を傷つけられ悲しくなる。
何故大人は酔っ払うと何でもありになるのか理解不能だった。
とは言え、2人がお酒と私の力で打ち解け合えている雰囲気なのは喜ばしい事だと美奈子は先程の2人の愚行を水に流してあげることにした。

「案外2人とも楽しそうじゃない、ね、美奈?」
「……ま、そーね。お酒の力は凄いわね!私は分からないけど」
「あら、ヤキモチ?」
「そーじゃないわよ!2人が仲良くしてくれたら私は単純に嬉しいわよ」
「へぇー、でも公斗君、本当にいい人ね?美奈には勿体ないわ。見た所あんたにベタ惚れっぽいけど、どんな弱み握ったの?」
「弱味なんて握ってないわよ!失礼しちゃうわね!」
「本当、一安心だわ~。こんなおっちょこちょい貰ってくれるって言ってるんだから。釣った魚は大きいんだから逃がしちゃダメよ!愛想尽かされ無いように頑張りなさいよ!」
「頑張るって何したらいいのよ?」
「そうねぇ……例えば、色路かけとか?」
「それ、母親が言う言葉?」
「しょうがないじゃない。美奈に胃袋掴むのは無理だし、私に似て素材がいいんだからそっち路線で行きなさい!」
「……」

返す言葉も見つからず程呆れて絶句する美奈子は流石は母親、この親にしてこの子ありなのだと悟った。

「ご馳走様でした。どれも凄く美味しかったです。ありがとうございました」
「あらあら、良いのよ。完食してくれて、こっちも作り甲斐あったわ!」
「自分はそろそろお暇します。夕飯まで頂いて長居してしまって、どうもすみませんでした」
「こっちが呼び止めたんだ。すまなかったね」

帰り支度をして丁寧に挨拶をする公斗。

「えぇ~も~帰っちゃうのぉ~つまんない!」
「美奈、わがまま言わないの」
「また、何時でも遊びに来なさい」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「私、ちょっとそこまで送ってくね!」
「別に構わないのに」
「酔っ払ってるみたいだからさ?」

そう言って美奈子は遠慮して1人で帰ろうとする公斗の後に着いて歩く。
後ろを見ると父親が少し心配そうな顔をして見ていたが、母親はやはりどこか楽しそうでニヤニヤしている。

「お疲れ様♪」
「はぁー、自分で言い出したこととはいえやはりこういうのは疲れるな?」
「私も疲れたわよ?どーなるかって生きた心地しなかったもん!」
「挨拶なんて初めてだったからあれで良かったのか、正解が分からん」
「完璧だったんじゃない?パパもママも気に入ってる様子だったし」
「そうか?」
「うん!」
「なら、よかった!」

両親と家が見えなくなったタイミングで美奈子は公斗の腕に手を絡ませた。
気づいた公斗は美奈子の顔を見ると熱い眼差しとぶつかった。
公斗の方から顔を近づけると美奈子が目を閉じるのを確認し、口付けを交わす。
自然と深くなっていく。
ほんのりお酒の味に酔いしれ、余計にボーッとなる。

「お酒の味がする」

顔を離すと甘い雰囲気を残しつつ、不満を漏らす。

「ああ、結構飲んだからな。すまない」
「別に良いわよ!結構緊張してたんでしょ?」
「ああ、まぁな」
「うふふっ」
「何だ?気持ち悪い笑い方だな?」
「気持ち悪いって何よ?失礼な!……私も緊張したけど、嬉しかったし、楽しかったなぁ~って」
「そりゃ良かったよ」
「また、何時でも遊びに来てよね!」
「ああ、美奈子も何時でも合鍵で入ってくれていいぞ。これから残業や付き合いで遅くなる事が多くなるからな」
「そうさせて貰うわ!」
「じゃあ、ここでいいから。遅いと両親心配させてしまうからな」
「もぉ~真面目ねぇ~。わかったわ!じゃあ、来てくれてありがとね!」
「ああ、気を付けて。両親に宜しく言っといてくれ……後、白猫にもな」
「アルテミスの事?……まぁ言っといてあげてもいいわ!公斗も気をつけてね!じゃあね!」

そう言って美奈子は踵を返して走って去っていった。
公斗は姿が見えなくなるまで見守った。

家に戻った美奈子は一目散に部屋へ行き、勢いよくベッドにダイブした。

「はぁ~ちょ~~~~~疲れた」
「お疲れ様。面白いもの、見せてもらえて楽しかったよ」
「公斗がよろしく言っといてくれって!」
「へぇーやっぱり真面目だな」

部屋で待っていたアルテミスはヘトヘトに疲れて戻ってきた美奈子に労いの言葉をかけてあげた。

「ぐぅー」

話しながら緊張感が解けた美奈子は疲れ果て、そのまま泥の様に眠ってしまった。

「……よっぽど疲れたんだな?速攻寝るなんて、戦士の時も部活後もそんなに無かったし、緊張してたんだな」

そんな独り言を言っていると美奈子の携帯の着信音がけたたましく鳴る。
その音にも全く気づかず寝続ける美奈子の代わりに誰からだと確認すると先程別れた公斗からだった。……不服だが出てやる事にした。

「どうした?忘れ物か?」
「特に用はない。美奈子はどうした?」
「疲れたのか泥のように寝てるよ」
「……そうか」
「お前も、お疲れ様だったな?あっ!美奈からよろしくって言ってたって聞いたぞ」
「ああ、お前には何も持ってこなかったからな。まぁわざとだが」
「……だろうな。ま、ゆっくりしてくれよ」
「ああ、美奈子にもよろしく言っといてくれ」

2人の会話にも全く気づかず風呂に入ることも無く、そのまま朝まで熟睡してしまった美奈子だった。

一方の公斗もアルテミスとの通話を切った後、お酒も大分入っていた為そのまま爆睡して気づくと朝になっていた。

2人が次にやり取りしたのはその日の昼過ぎの事だった。



おわり

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