二人の長い一日


そうこうしている間に公斗が来る時間になる。
タイミングよく携帯がなりLINEが入る。
“今着いた。インターホン押すぞ?”
端的な文面だったが、緊張が伝わる文面にこっちまでまた緊張がピークに達する。
“どうぞ”とだけ送って様子を見る。

ピンポーンと予告通りインターホンがなり、アルテミスをチラッと見て目配せしつつ玄関へと向かう。アルテミスもすぐ後を追う。

「はーい」

美奈子が勢いよく大声で出て行くと、それに続いて母親、そして父親も玄関へとやって来た。
扉を開けるとスーツ姿でビシッと、とまでは行かないが、ジャケットを羽織り、カジュアルで清楚な格好でキメ、両手に荷物を抱えた公斗がお辞儀をしながら入って来た。

「いらっしゃい!」
「お邪魔します。この度はお時間を割いて頂きありがとうございます。西東公斗と申します。美奈子さんと御付き合いさせて頂いております」
「まぁ、こんな玄関先でなんだから上がりなさい」
「ありがとうございます。お邪魔します」

父親と公斗の緊張の初対面である。
その様子を見て美奈子は緊張したが、母親の「中々いい人そうじゃない!」とヒソヒソ話しかけられ、彼氏を褒められて満更でもない気分だった。

靴を脱ぎ、用意されたスリッパを履く。
リビングへと移動すると、先回りしていた白猫アルテミスが既にそこにいた。
入って来る公斗と目が合う。
付き合いたての時にサシ飲みしたあの日以来の公斗とアルテミスの久しぶりの再会である。
アルテミスはパクパクと口を動かして見せた。その口元を見ると“クソ真面目”と見える。
そんなアルテミスに公斗は軽く睨みつける。
そんな2人のやり取りを見た美奈子は何だかんだ仲良いとホッとしていた。
この2人のやり取りで公斗も美奈子も緊張が、幾分か解れた。
アルテミスはマスコットキャラクターの様にいい仕事をしてくれると美奈子は内心思っていた。

「この前は甚平をありがとうございました。遅くなりましたが、こちらはそのお礼です。お口に合えば良いのですが……」

そう言って持ってきたのは美奈子の父親が好きなお酒だ。

「わざわざすまないね。重かったろ?」
「いえ、力持ちなのでこの位平気です」
「そうか、ガタイがいいもんなぁ~。若いっていいなぁ~。何かスポーツやって鍛えてるのか?」
「もう!ちょっと、パパ!公斗困らせないでよ」
「“公斗”だって……」
「何よぅ!」
「まぁまぁ、いいから座りましょ」

騒がしくなりかけたので、母親が立ち話になっていたみんなを座らせようとその場を仕切る。やはり流石は母親である。肝が据わってる。
父親と母親が隣同士、父親の前に公斗、母親の前に美奈子で2人が隣同士になる形でソファーへと腰掛ける。

「お言葉に甘えて。あ、こちらはお母様に、洋菓子になります。お口に合えば良いのですが……」
「あら、私にまであるの?悪いわねぇ~じゃあ遠慮なく頂くわ!ありがとう、公斗君」
「え?ママにもあるの?私には?……ついでにアルテミスの分は?」

図々しく自分にもと強請っていると、アルテミスも負けじとニャ~と主張して来た。

「美奈子には後だ」

そう言われると思い用意していた公斗はヒソヒソと美奈子に耳打ちする。
それを面白くない様子で見る父親は咳払いをして見せた。

「公斗君は美奈子とはどこで知り合ったんだ?」
「親友の彼女からの紹介です」

なんて言うのか興味津々だった美奈子はうさぎの事を言われ驚いた。間違ってはない。流石公斗である。
本当の出会いは前世で、転生して出会ったのは東京タワーだけれど、まさかこんなファンタジーでクレイジーな出会いを言えるわけが無い。言ってもきっと笑われて信じて貰えないだろう。
とても上手い出会いをでっち上げたと美奈子は感心していた。

「美奈子とはいつから、その……そう言う、何だ……付き合ってるんだ?」
「半年くらいかなぁ?」
「お前には聞いてない!」
「な、何でよ!私と公斗の事なんだから私にも答えさせてくれたっていいじゃない!」
「パパは公斗君と話したいんだ!美奈子は引っ込んでなさい!」
「なっ!パパの人手なし~!」
「美奈子さんとは彼女が言ったようにまだ交際して半年ですが、彼女の事は真剣ですし、大切に思ってます」

わーぎゃー騒ぐ美奈子を他所に公斗は淡々と美奈子への想いを吐露する。

「まぁ!“真剣”ってそれってどういう?……つまり……」
「はい、いずれは結婚も視野に考えています。彼女さえ良ければ、ですが……彼女が成人してからになりますけど」
「あらあらぁー、もうそこまで考えてくれてるのね!バカで明るくて騒がしいだけが取り柄で家事全然出来ない破壊神みたいな子だけど……」
「ちょっとママ!そこまで言わ無くても……」
「本当に、何故こんなバカで明るいだけの子のどこが良かったのか……もっと相応しい人が幾らでもいそうだが……」
「ちょっと、パパまで!」

何故か公斗の肩を持ち出す両親に不服の美奈子を他所に、聞いていたアルテミスは苦労が分かるだけに笑いのツボに入っていた。笑いたいが、猫のため堪えるのに必死になる。

「いえ、彼女の明るさにいつも励まされますし、友達想いで優しくて強い意志と責任感ある所に尊敬しています」
「公斗……」

ボロクソに言う両親と騒ぐ美奈子を他所に、淡々と美奈子への想いを吐露する公斗にその場にいた4人は胸を打たれ、一瞬固まった。

「美奈子がこんなに褒められる日が来るなんて……夢なのかしら?でも、これで安心ね、パパ?」
「あ?ああ……まぁ、な?しかし公斗君は大学生と聞いているが、就職は?」
「大学はこの春無事卒業出来ました。今は国家公務員として働いています」
「そうだったの?凄いじゃない!将来安泰!ね、パパ?」
「ん、まぁ……そうだな。でもそんな人が美奈子みたいなバカとなんて、良いのか?」
「……まだ言うのね?私、何だと思われてるんだろ。拾われた子説濃厚なんじゃ……」
「拾ったならまだ良かったんだけどね、残念ながらちゃんとお腹を痛めて産んだから困ってるのよ……」

とても実の母親とは思えない発言に美奈子はもう何も言えなくなった。
そして益々母親が嫌いになりそうだった。
しかし、美奈子は公斗に褒められた事により、この場しのぎだとしてもとても嬉しくて、両親の暴言も大らかな気持ちで受け流せそうだった。

「しっかし、ただ交際してるだけで学生なのに挨拶したいと美奈子から聞いた時は真面目過ぎると思ったが、社会人で結婚も視野に入れてくれているなら合点がいったよ」
「本当よね。しっかりしてて真面目で頭も良くて、うちの美奈とは真逆だけど……だからこそ任せられるわ!ね、パパ?」
「……いちいち俺に振らないでくれ。こんなんでも貰い手が出来たと思えば、喜ぶべき……なのかな?」
「……みんな私の気持ち無視して盛り上がり過ぎ!」
「嫌なの?滅多に無い良いお話よ?」
「い、や、じゃ……無いわよ」

照れちゃって可愛いわね、とヒソヒソと耳打ちされ、益々顔を赤らめる美奈子。
そんな美奈子が父親としては全く面白くない。
確かに娘である美奈子には勿体ないくらいの非の打ち所がない公斗に認めはしたが、出来の悪い娘とは言え目に入れても痛くない程可愛い。
そんな娘がまだ高校生で将来の婿をもう連れて来た。面白いわけが無い。正直面白くない。
しかも目の前で照れまくる美奈子の姿は今まで見ていたそれとは違い、恋する乙女その物で、見たことも無い顔だった。

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