二人の長い一日
とある休日のある日、朝から美奈子はソワソワしていた。
どんな服を着ようかとか部屋はこれで綺麗かとか、部屋の中を隅から隅まで歩いて落ち着かない。
その様子を見ていたアルテミスは呆れる。
「もういい加減落ち着いたら?」
「そんな事言われても……他人事だと思って!」
アルテミスにとっては他人事である。
そして今は猫の姿なので人でも無い。
「気持ちは分かるけど、自然体でいいんじゃないかな?挨拶に来るだけだろ?」
「そー、だけど……こんな事初めてすぎてどうしていいか、何したらいいか正解が分かんない!」
そう、この日は公斗が美奈子の家に初めてやって来る。
以前何度か家の前まで送って貰っていたが、車の為、入ったりする事は1度もなかった。
両親がいるという事もあり、家に入ると言うのも中々ハードルが高い。
だが、今回公斗は両親に挨拶がしたいと申し出てきた。
ただ単に交際しているだけで、結婚する訳では無いからいらないと断ったが、そう言う訳にも行かないと押し切られた形でこの日を取り付けることになった。
交際している挨拶をしたいなんてクソ真面目だと思いつつも、それだけ真剣に自分との事を考えてくれていることを内心嬉しく思っていた。
「美奈が緊張する事でも無いだろ?」
「それもそーだけど、パパと公斗が顔を合わせるなんて……大丈夫かな?」
「その間に立つのがママと美奈だろ?ちゃんとアイツのアシストしてやれよ!せっかく挨拶したいって言ってくれてるんだから」
「分かってるわよ!アルテミスも一緒にいてくれるわよね?」
「美奈とアイツの間にはいたくないけど、面白そうだから同じ空間にはいてやるよ!」
「完全に面白がってるわね、あんた……」
ジト目でアルテミスを睨みつける美奈子に逃げるように話を続ける。
「やっぱりアイツ、真面目だよなぁ~。付き合いたての時は俺に報告して来たぜ?別にいらないのに……」
「まもちゃんにも2人で報告したいって言ってきたわ!なぁんか外側から固められて浮気や別れられないようにされてる感じで何か怖いんだけど……」
「惚れっぽいもんなぁ~美奈は。それとは別にそれだけ美奈との事、真剣なんだと思うぜ?」
「……やっぱり、アルテミスもそう思う?」
「甚平あげたお返しにこんな面倒な事しないだろ?美奈に渡せばいいだけの話が、わざわざ赴くんだぜ?」
「言われてみれば!2人の好み聞かれたもん。菓子折り持って挨拶来るのよね。……ウケるわね!」
「だろ?面白過ぎるわ!……で、美奈、緊張解れたろ?」
「確かに!ありがとう、アルテミス」
そう、この日挨拶に来る事になったのは先日美奈子の父親に甚平を貰ったお返しがしたいと言う名目だった。
どうせなら付き合っている挨拶をして認めて貰いたいと申し出て来た。
付き合って数ヶ月経つが、そんなの必要無いと美奈子は感じていたが、公斗はそう言う訳にも行かないと思っており、挨拶の機会を伺っていた。
そのチャンスが甚平と言う形で転がって来た為、上手く乗った形だった。
母親には付き合ってる人がいる事は何となく伝えていたが、父親には言えていなかった。
でも母親経由で彼氏がいる事がバレてしまっていて、甚平を渡された時に知り合いか彼氏にでも、と渡されていた。
結局、しつこく彼氏はどういう男か聞かれて説明する事が面倒だったから、挨拶したいと言ってくれたのは美奈子的にもホッとする事だった。
両親の都合のいい時に合わせるから聞いておいてくれ、と言われ中に入ってこの日の為にスケジュールを調整した。
ただ、2人が顔を合わせると言う事に緊張感がここに来てピークになっていた。
前日からソワソワし過ぎて中々眠れずにいた。
父親の方もここ何日か顔を合わせても気まづいのか、何か言いたげだが、中々言葉が出てこない様子だった。それは美奈子も同じだった。
しかし、母親は違った。そこは場数を踏んでるだけあってとても落ち着いていた。
昼過ぎから来るという事で夕飯食べて帰るでしょ?と献立を考えて楽しそうにしていた。流石である。アルテミス同様、楽しんでいる。