03:選んでみろ
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レンはその男の顔を見て、思わずビクッと体が跳ねる。
ツナギの男の眉は薄く、目のふちには濃い隈があり、半開きの口の中に見える歯は、上は前歯がない代わりに、その両サイドには尖った八重歯、下にはウサギを思わせる2本の歯、その両サイドには歯がなかった。
一見、薬物中毒者と間違えそうな外見だ。
レンはまくられた袖から下の両腕を一瞥したが注射器の痕はない。
(やつれてもいないし、薬物中毒者ではないことがわかる……言っちゃ悪いが、まぎらわしいな、おい)
しばらくの沈黙。
お互い目を合わせたまま動こうとしなかった。
先にツナギの男がニヤリと笑みを浮かべたのでレンは反射的に構えてしまう。
「おまえ、赤信号無視できるんだな」
ツナギの男が持っている信号機に視線を移した。
いきなり何を言い出すのだ、と狼狽えたが仕方なさそうに答える。
「……珍しくないだろ。あたしの学校でも、普通に無視してる奴いるし…。渡る時は自己責任になっちまうけど」
「学校? おまえ学生?」
しまった、と思ったが、諦めて「まあ…」と頷いた。
ツナギの男は信号機を担いだまま近付いてきた。その表情はどこか楽しげだ。
ペタペタと裸足独特の足音と共に近付いてくるが、レンは距離をとろうとしない。
「で、信号機壊してどーすんだよ?」
「……見てるとイライラすんだよ、こういうの」
レンの質問にツナギの男が答えた。
ついにツナギの男が目の前に立つと、レンは「あれ?」と片眉を吊り上げ、首を傾げる。
(こいつ、あたしと同じ?)
その様子を見たツナギの男が再びニヤリと笑みを浮かべる。
「やっぱ、同じか」
「………同じだな」
なぜかツナギの男を「同じ」と思ってしまった。
ツナギの男は猫背を利用して瞳を覗き込んできた。
「……いい目つきだな、気に入った。オレは由良だ。どうだ、オレ達についてくるか? オレ達は“仲間”に優しいんだ。面倒見てやるし、一緒にクズ共を導いてやろうぜ!」
ツナギの男―――由良が熱を込めて勧誘してくるが、由良の気持ちとは裏腹にレンは顔をしかめ、由良を睨みつける。
「いやいや気に入るなよ、仲間とはいえ初対面だろ。それに、誰かとつるむの嫌いだし、これ以上意味わからんことに生活をかき乱されてたまるか」
そう言って、「いーっ」と歯を剥いて小さく威嚇したあと、由良に背を向けて帰ろうとした。
「正気かよ。ありえねえ。せっかくクズを超えた存在になれたんだぜ? 新たな自分を知らんぷりして、そのままいつものクズまみれの日常に戻る気か? なあ、おまえも…、殺してるんだろ?」
「!!」
嘲笑う由良の冷たい声色により一気に場の空気が張り詰める。
まるで昨夜の出来事を見ていたかのような由良の物言いに、レンは思わず息を呑んで足を止めるが、今までの事を振り返り、拒絶を返した。
「だからだよ…。もう、いつもと違うことが起きるのは嫌なんだよ…っ。この短期間でどんだけの犠牲が出てると思ってんだ。こっちはなぁ、身内が一気に3人も死んでるんだぞ…!」
「ははっ、すでに“いつも”が死んでるじゃねえか。気に病むなよ。死んだそいつらは選ばれなかっただけだ。悦べよ。これからの日常は…テメーで決められるんだぜ?」
家族のことを貶されたはずなのに、レンの瞳が揺らぐ。
すぐにはっと我に返り、肩にかけていたリュックを由良の顔目掛けて投げつけ、
バスッ!
「!?」
見事に命中させた。
不意打ちを食らってわずかに体勢を崩した由良は、肩に担いでいた信号機の重さに引っ張られてその場に尻餅をついてしまった。
「さっきから知ったふうな口利きやがって…!」
レンは急いでリュックを回収し、去り際に罵声を浴びせる。
「テメーにあたしのなにがわかる!?」
そう吐き捨て、全速力でその場から逃げた。
そして、レンの背中が見えなくなったあと、
「痛って―――。あの暴力女め…。描かなくてもわっかりやすい顔してるくせによ…」
由良は鼻を擦りながら起き上がる。
「お?」
その時、足下になにかを発見して拾い上げた。
レンの生徒手帳だ。
リュックをぶつけたとき、こぼれてしまったのだ。
由良は生徒手帳に書かれている文字を読み、悪戯を考えた子供のような意地の悪い笑みを浮かべた。
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