12:カタチのないもの
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夕方前、買い出しに行っていたレンと華音を乗せた車は、屋敷に帰ろうと、山道の車道を走っていた。
後頭部座席には買ったものが入った袋が並べてある。
食料よりも、華音の買い物の方が多かった。
レンはショッピング中に、先日、由良と森尾と一緒に買い出しに行っていたことを華音に伝えると、頬を膨らませて「えーっ。ずる―――い!」と文句を言われてしまったが、「そのあとが大変だったんだって」と由良と喧嘩したことや室組の奇襲のことを話した。
その話の間、気が紛れたのか、華音が迂闊に能力を使うことはなかった。
金属を爆破させる華音の能力では、山中で起きた室組との戦いは不利だっただろう。
『ちょっと学ばせてもらったな。あたしの場合、いつ襲われても対応できるように、常に身体に充電させて、スタンガンも邪魔にならない程度に持ち歩かないと…。華音も、安物でもいいから能力に使えそうな物持ってた方がいいぞ、指輪とか』
『ひゃはっ。レンちゃん真面目―――っ』
『当たり前だろ。華音がどこ行ってたかはもう聞かねえけど、あたし達が奇襲を受けたみたいに他の能力者に命狙われることもあるわけだ。心配はかけてくれるなよ。いつでも守れるわけじゃないんだし…』
『……レンちゃんってホントにイケメン。華音の彼氏になる?』
『誰が彼氏だっ!』
助手席に座るレンは、窓際に頬杖をついてそんなやりとりを思い出していた。
勝又の指示が出るのも遠くないだろう。
いつまでこの日常が続くかはわからない。
あとどれくらい由良、森尾、華音と一緒にいられるのかも。
(勝又さんはなにを考えてんだ? 広瀬はどうしちまったんだ? あたし達は、なんのために……。クソ、わからねえことだらけだ)
妙な焦燥感が日に日に募る。
「レンちゃん!」
「はっ、え…?」
運転中の華音に呼ばれ、はっとして顔を向けた。
「わ、悪ィ、考えごとしてて…」
「もーっ」
華音は頬を膨らませ、レンは苦笑交じりに「ホント悪い」と謝る。
華音はレンを横目に見ながら、突然、はしゃぐように言い出した。
「ひゃはっ。絶対由良のこと考えてたでしょー」
「……あ、ああ…。由良…というか…、みんなのこと……」
「照れ隠ししちゃってさー」
目を丸くしてるレンに、華音が意地悪そうな笑みを浮かべる。
明らかに含みのある言い方を反芻し、レンは片眉を吊り上げた。
「照れ隠しって…。……待って、なんの話してる?」
「だってレンちゃん、ぶっちゃけて由良のこと好きでしょ?」
レンの思考が停止する。
「あ。異性としての好きってことね」
「……はあ!? ふっざけんなよ、嫌いだあんなアホ!!」
「うっそつきぃ―――」
顔を真っ赤にしながら思わず声を張り上げて否定しても、華音は何をいまさらと意に介さない。
「レンちゃんのこと嫌いじゃないの、華音またわかっちゃった。男の趣味が徹底的に合わないからケンカにならないし、ついでにレンちゃんの趣味が最っ悪!!」
ドスッ、と言葉の刃がレンの胴体を貫き、「ぐふぅ」と吐血してしまうレン。
「華音が留守の間に距離が縮まったのわっかりやす―――い!」
助手席で死にかけのレンをよそに、華音は言いたい放題だ。
レンは首を激しく横に振り、全力で否定する。
「だから! 誰があんな万年セクハラヤロウ、好きになるかよ!」
「……だーよねー…。あいつ、いっつも同じツナギ着てるしー、ホームレスっぽいしー、裸足だしー、汚いしー、顔なんか薬物中毒者みたい…」
「ふぅん?」と言ってから淡々と並べられる悪口に、レンは腹が立った。
「おい、言いすぎだろ! 顔はどっちかってーとカワイイ寄り………」
はっとして黙ったが、遅かった。
華音が「ひゃはははは」と笑い声を上げる。
「かばった―――!! おっかし~~~!!」
「ぐっ……」
はめられたことに悔しさを覚え、唇を噛んで唸る。
「そ、それを言うなら、華音だって、森尾のこと…、そ、その…好きだろ!?」
負けじと言い返すが、華音は笑顔で頷いた。
「うん! 華音は健ちゃんが好き」
「なっ…」
レンは自分で言い出しておいて、さらに顔を真っ赤にした。
自爆とも言える。
不意に華音はハンドルから両手を離し、レンの両手を取って、体を向かい合わせた。
「ガンバローね! ダブルデートしよっ。好きな奴が健ちゃんじゃなくて由良なら、華音全力で応援してあげる♪ ホンットに趣味悪いって思うけど」
「ダブルデートってか4人で出かけたこともあったろが…。…いやいやそうじゃなくて、おまえなぁ…っ、別にあいつのことは……って、華音!! 前!! 前ぇぇ!!!」
いつの間にか車線を逆走していた。
目の前に大きなトラックが迫り、レンは咄嗟に身を乗り出してハンドルを回し、無理やり元の車道に戻る。
「……やばかった☆」と可愛い子ぶって舌を出す華音。
「いやぶっ飛ばすぞマジで」と青筋を浮かべて握ったコブシを見せるレン。
「戻ってさっきのトラックぶっ飛ばしちゃう?」
「やめろやめろ! 今日くらい平和に過ごさせてくれっ」
Uターンをしかけた華音を止め、ショッピング中よりどっと疲れた気がして「もう寝る…」とレンは助手席のシートに背を預けた。
不意に由良の顔を思い出したが、ぶんぶんと手を払って忘れようとする。
(“好き”…か……。ない方が楽なのに…。そんなカタチのないものは、人に向けてのめり込むもんじゃねえよ…)
レンにとっては、むしろ、自分自身や相手を縛り合う呪いに聞こえた。
『私はお父さんのことが大好きよ。あの人には私がついていないと壊れてしまうの』
打撲まみれの顔を包帯で巻いて隠す母は、痛そうな笑みでそう言っていた。
どんな目に遭っても、父から離れようとはしなかった。
『すまない、すまない、またやってしまった…。おまえとレンを愛しているのに……』
『大丈夫よ…。大丈夫…。あなたは悪くないわ…』
いつも、酒乱で暴れまわったあと、落ち着いたところで馬鹿みたいに「すまない」を繰り返す父。
母は泣きわめく子どもをあやすかのように、父の背中を優しくなで続けた。
押し入れからこっそりと覗くレンは、その様子にいつも期待を抱いてしまう。
それほど好き合っているのだから、明日からは普通の家族になれる、と。
そして、いつも裏切られた。
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